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第9話 唯奈の幼馴染染谷

 俺には幼馴染がいる。近所に住んでいた、金藤唯奈だ。彼女とは幼稚園のころからの付き合いだ。彼女は昔から可愛かった。同級生で彼女に惚れていない男なんて居ないんじゃないかと思うほどだ。快活で、いつも楽しそうに笑う女の子だった。クラスで一番の美人で、正直アイドルにも負けていないと思った。


 幼馴染だった俺は、彼女と仲良くすることが照れくさくて、いつも意地悪ばかりしてしまっていた。スカートをめくったり、彼女の物を隠したりだ。もちろん今ではそのことを後悔している。思えばくだらない遊びをしたものだなと。


 彼女はとても美人だった。だが、変わってしまった。高校生の頃、彼女の妹が病気になってからだ。


 それから彼女はあまり笑わなくなった。美容室にも行っていないのか、髪はぼさぼさだ。服はいつも同じものばかり着るようになった。アクセサリーなんて全くつけなくなり、休日でも化粧はしなくなった。あまり寝れていないのか、目の下には隈が出来ていることも多くなった。遊びに誘っても、バイトがあるからと断るようになった。付き合いが悪くなった。


 俺が好きだった唯奈は、いなくなってしまったのだ。かつての彼女となら、付き合ってもいいなと思っていた。あるいは体だけの関係でも悪くない。幼馴染だったし、俺たちがそういう関係になるのは時間の問題だと思っていた。だが、彼女にはもう魅力を感じない。俺はだんたんと唯奈と会話することもなくなった。




 その後俺と唯奈は、同じ大学に進んだ。しかし、会話はあまりない。お互い、たまに見かける程度だった。


 しばらくたったある日のことだ。唯奈を見かけると、彼女は見違えるように美しくなっていた。かつての唯奈が戻ってきたかのようであった。いや、かつて以上だ。今の唯奈は、化粧っ気のなかった高校生の頃よりもより美しくなっていた。


 手入れの行き届いた美しい髪。うっすら施されたナチュラルメイク。いくつものバイトを掛け持ちしていた時には荒れていた手も、今はつやつやで美しい。爪までキレイに整っている。そしてファッション。派手さは無いが、品の良い服を着ている。ファッションに詳しい女友達が言うには、全てブランドものの服であるらしい。


 俺は、美しくなった彼女がどうしても欲しくなってしまった。たとえどんな手段を使っても。


 女友達は言う。唯奈はきっと、援助交際をしている、と。




 援助交際は、とてもよくない事だ。唯奈を止めなければ。無性にそう思った。美しい俺の幼馴染が、知らないおっさんに穢されるなど、あってはならないことだ。


 俺は、久しぶりに唯奈に話しかけた。


「よお。久しぶり」

「……染谷君、久しぶり」


 唯奈は少し俺の事を警戒しているようであった。久しぶりだからだろうか?


「ねえ、私に何の用?」

「用がなくちゃ、話しかけちゃいけないのかよ?」

「ううん、でも急だったから」

「ああ……ごめん」

「もう、なんで急に謝るのよ」


 唯奈と会話するのが久しぶりすぎて、どうやって話をすればいいのか分からない。昔の俺は、どうやって会話していたんだ?


「えつと……元気?」

「うん、元気よ」

「そっか、よかった。なんかさ、唯奈が援助交際してるんじゃないかって噂を聞いたからさ」

「あはは、それで急に話しかけてきたの? バカじゃない、そんなのしてないよ」

「そっか、そうだよな」


 唯奈は手を大きく振り、笑顔で否定した。久しぶりに間近で見た彼女の笑顔は、太陽の様に輝いている。胸を撃ち抜かれた気がした。やっぱり、俺は唯奈の事が好きだ。せっかく話しかけたんだ。この機会に、もう一度昔みたいに仲良くなりたい。あわよくば酒に酔わせて、ホテルまで持ち帰って俺の物にしたい。


「なあ、今日大学が終わった後にでもさ、飯食いに行こうぜ」

「ごめんなさい、忙しいの」

「忙しいって、何があるんだ? 今日がダメなら明日でも明後日でも来週でもいいんだけど」

「バイトがあるから無理よ」


 バイトか……。その言葉に、なんだか嫌なものを感じた。高校生の頃は隈ができるほどバイトを掛け持ちし、忙しそうにしていた唯奈。そんな彼女が今はお金に余裕があり、身だしなみに気を使っている。彼女の言うバイトがなんなのか、すごく気になる。


「そのバイトってさ、普通のバイトだよな……? なんのバイト?」

「あはは、普通のバイトなわけないじゃない。私さ、援助交際してるんじゃないかって噂になったくらいなんでしょ?」

「え……」


 俺は一瞬、言葉を失った。普通のバイトじゃ、ない? じゃあ、いったいなんのバイトだ? 嫌な気持ちが強くなってくる。まさか、俺の唯奈が……?


「おい! そんなバイト、やめちまえよ!」

「え、嫌だよ。別に悪いバイトじゃないのよ。結構たのしいのよね」


 そういって、どこか上の空で微笑む唯奈。その表情はまるで、どこか好きな人を思い浮かべているように見えて――


「なんでだよ! 金なら、普通のバイトで稼げばいいだろ!」


 俺はなぜか無性に腹が立って、つい大きな声をだしてしまった。唯奈は冷静に、冷たく言う。


「バカじゃないの? 普通のバイトじゃどうしようもないよ」

「そんなの、やってみなきゃわかんないだろ!」

「わかるよ。私がいくつのバイトしたと思ってんの。それに、私今のバイト好きなの。やめるわけないでしょ」

「俺も……俺も手伝うから!」

「できもしない事言わないで! もう話しかけないでよ!」


 先ほどまで冷静だった唯奈が、突然大きな声を出した。突然の大声に、俺は驚いた。


 俺が驚いている間に唯奈はくるりと回って背を向け、つかつかと歩いていく。


 俺は、足早に立ち去る唯奈の後姿を、ただ見ている事しかできなかった。

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