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第13話 身だしなみ

「あれ、山中君?」


 一人で街へ出かけていた時、ふいに声をかけられた。多くの人が行き交う都心の街。車のエンジン音や人々の歩く音、話声。様々な騒音の中、彼女の俺を呼ぶ声だけ妙に耳に入った。


 俺がその呼び声に反応して振り返ると、雑踏の中に一際目立つ女性が居た。別に派手な恰好をしていたわけではない。白いマスクをしており、顔もよくわからない。ただ、彼女は明らかに周囲の人間とは違うオーラを放っていた。


「えっと……」

「ほら、私だよ私! 中学で同じクラスだったでしょ!」


 そういうと、彼女はマスクを外した。なかなかお目にかかれないような、清楚な美人だ。


 俺は驚いた。見たことがある顔だったからだ。とはいえそれは、中学生の頃などという昔の事ではない。数年前、テレビで見たことがあるのだ。


 彼女はかつての同級生であり、クラスみんなのアイドルであった。そして現在はテレビ女子アナウンサーの東京香(あずまきょうか)だ


 正直、中学の頃は彼女とはほとんど接点がなかった。同じクラスだったにもかかわらず、会話した記憶なんてほぼない。彼女はクラスの人気者であったが、俺は友達もろくにいないような奴だったからだ。


 後からクラスメイトがアナウンサーになったと知って驚き、それから何度もテレビで見た。だから見間違えるはずもない。もっとも、最近はテレビを見る時間もなかったのだが。


「東さん……ですか?」

「よかった、覚えていてくれたんだね。久しぶり、元気してる?」

「あ、ああ。元気してるよ」


 俺は親し気に話しかけてくる彼女に、ちょっと戸惑いながら答えた。


「こんなところで会えるなんて、すごい偶然だね。あ、ねえねえ、連絡先変えたでしょ!」

「連絡先?」


 中学の頃の連絡先だろうか? 


「そう! 今度中学の同窓会があるの知ってる? 私、実は幹事の一人なんだよ。それで、同級生に連絡送ってたんだけど、山中君に連絡つかなかったから」

「そうなんだ? ごめんごめん」

「じゃあ、連絡先交換しよっか。今度の同窓会、来てくれるよね?」






 同窓会か、どうしようか。


 行きたい気持ちもあるが、顔を合わせたくない奴もいるんだよな。でも、直接東さんから誘われたのに、行かないわけにもいかないか。だけど、同窓会に着ていけるような服も持ってないし、ファッションセンスにも自信がない。どうしよう。


 ちょっと言いずらいけど、メイに相談してみようか。東さんと会った後、家に帰った俺はメイに言ってみた。


「なあメイ、今度同窓会があるみたいなんだけど……」

「そうなのですか? では同級生に舐められないように、しっかりと身だしなみを整えましょう。私のご主人様が、他の方に舐められてはいけませんからね」


 舐められる……?


「ちょうどいい機会ですし、ご主人様の服を買いそろえましょう」


 俺が同窓会に行くための服が欲しいと言う前に、メイは察してくれたようだ。

 メイはそういうと、俺を連れて服を取り扱うブランド店へと向かった。


 そこでついでとばかりに大量に俺の服を買うメイ。いやそんなにあっても、俺が着る機会はそんなにないんだが。そう止めたのだが、彼女は聞く耳を持たない。


 大体、俺には安い服と高い服の見分けがつかない。正直、安い服でいいと思っていた。なのにあえて高い服を買うメイ。なんで同じ白Tシャツでも、安物とブランド品でこんなに値段が違うんだろう? 


 そんなこんなで、全身ブランドものの服を揃えられてしまった。もちろん靴やバッグ、小物なども全部だ。




「次は髪型を整えましょう」


 メイはそういうと、自宅の高級マンションの中にある使っていなかった部屋へ俺を案内した。そこは俺が知らない間に、いつの間にかかなり改造されていた。まるで美容室のようになっていたのだ。髪をカットするための椅子に、大きな鏡、そして髪を洗うための洗面台が用意されている。


「なんで部屋がこんなことに……」

「家の中に美容室があった方が便利かと思いまして」

「確かに家の中に美容室があった方が便利だけど、髪を切る美容師が必要だろ。部屋だけあっても誰が髪を切るんだよ」

「もちろん、私です。お任せください、その辺の美容師には負けません」


 そういうと、メイは俺を椅子に座らせた。そして、髪が衣服に入らないようにするためのクロスを俺に掛ける。そしてメイのハサミが一閃。俺の髪がパラパラと落ちる。まさに一瞬の出来事であった。あっという間に俺の髪が整えられる。


 え、なにごと!? 俺なんか見逃した? こんな一瞬で髪を切られる事ある!?


 こうして、俺の身だしなみは完璧に整えられた。ついでとばかりに、爪までまるでネイリストかのように整えられた時は、もうそういうものだと受け入れてしまっていた。


「ご主人様、あとはこれを」


 メイは手のひらサイズの小箱を俺に渡してくる。開けてみると、中には腕時計が入っていた。


「プレゼントです。よろしければ着けてみてください」


 俺は腕に着けてみる。メイの事だから、もしや超高級時計なのかと身構えたが、それほど高いようには見えない。木目デザインの、落ち着いた雰囲気の時計だ。宝石がいっぱいという感じではない。もしかしたら、この落ち着いた雰囲気の時計が実は高いという可能性もあるが、素人の俺ではそれは分からない。


 ただ、質のよい腕時計という事だけはさすがに俺でも分かる。


「めちゃくちゃいい時計だけど、どうしてこれを俺に?」

「私がご主人様に何かプレゼントをしてはいけませんか?」

「いけなくはないよ。ありがとう」

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