「いいか、株の大量保有にはルールがあるんだ。株を5%以上保有した場合、かならず株の大量保有報告書を提出する必要がある。そして提出されると、報告者の名前が必ずわかるようになっている。最近活発に大量保有の報告書を出している人物の名前、それが山中樹だったんだ。そして、彼が大量保有している株は必ず上がる。まさに都市伝説みたいな投資家だよ彼は」
起業し、社長になったという同級生が熱く語り始める。
そんなの、俺は全く知らないんだが? いやまあ、心当たりはあるが……。俺の名義で、メイが投資用の口座を動かしている。多分メイが投資の世界で伝説を作りまくっているという事だろう。そうでもなければ、あれほどの収入は得られないだろうし。それにしても、まさかそんなに話題になっていたとは知らなかった。
「おいおい、そんなのどうせ同姓同名の別人だろ? こいつがそんな凄そうに見えるか?」
向井がそんなことを言う。まあ、たしかに俺は投資なんてできないので、言っていることはなにも間違っていない。
「お前の目は節穴か? よく見ろ。山中が着ている服、全てブランドものだ。それに、袖からちらりと覗いているのは超高級腕時計。そして本人が投資家を名乗っている。どう考えても間違いなく本人だ、そうだろう?」
「は、ははは」
俺は乾いた笑みを浮かべた。いやまあその山中樹という名前、間違いなく俺だ。だけど、実際に投資しているのは俺じゃないんだよな。しかし、今更投資家は嘘でしたとも言えそうにない。
「やっぱりそうだったんだー。私もね、実は山中君がそうじゃないかって思っていたの。だからばったり街であった時に聞いてみたかったんだけど、でも、聞いちゃったら下心あるって思われちゃうかなって。実はね、私知ってて同窓会に誘ったの。お話を聞いてみたくて」
どうやら、東さんもその伝説の投資家の山中を知っていたらしい。
それを聞いていた周囲の人間、特に独身の女子は急に眼の色を変え始めた。お金を持っていると分かると、人の態度は変わるものらしい。ちょっと離れた席に座っていた女の子たちが、俺の周りに集まってくる。そして急に結婚しているのかとか、恋人はいるのかとか聞いてくる。
「ははは、ちょ、ちょっとトイレ」
困った俺は、とりあえずトイレへと逃げ出した。
女子たちの質問攻めの圧力に屈して、ついトイレに逃げてしまった。しかし、なんの解決にもならない。
ここは複数の小便器がならび、個室のあるごく普通のトイレだ。とりあえずトイレまで来てなにもしないのは変なので、用をたし、終わったので手を洗う。トイレには俺以外、誰もいないようだ。
手をハンカチで拭い、鏡を見た。そこには居るはずのない人物が俺の後ろのに立っていた。東さんだ。思わず驚き声が出る。
「わっ」
「ごめん、驚かせちゃった?」
「ちょ、なんでここに居るんですか? ここは男子トイレですよ」
「どうしても山中君と二人っきりで話したかったから」
「話って、なんです?」
「ね、二人で抜け出さない?」
「え?」
「だって、みんなに詰め寄られて困ってたでしょ。それなら抜け出そうよ。抜け出して、飲みなおそ?」
ええ!? 急に積極的すぎないか!? もしかして、やっぱり金目当て!?
俺が答えに窮していると、足音が聞こえてくる。こんなところで話し込んでいる間に、誰かがトイレに用をたしに来たようだ。やばい、女子が男子トイレにいるのが見つかってしまう。しかも、いるのは普通の女子ではない。テレビで活躍している人気女子アナだ。どうしよう。見られたら絶対にヤバい。
「隠れなきゃ」
東さんは咄嗟に俺の手を掴み、奥の個室に俺を連れて入った。
え、俺も一緒に隠れる必要あったか? と思った時にはもう男子トイレに人が入ってくるタイミングであった。今個室から出たら、東さんの存在がバレてしまう。一緒に隠れてやり過ごすしかない。
「こういうの、すごくドキドキするね」
東さんが耳元で小声で言う。狭いトイレの個室だ。俺たちの距離はすごく近い。というか、胸が当たっている。東さんは胸元が開いた服を着ている。この距離だと、彼女の谷間がはっきり見える。
しばらくそこでじっとしていると、トイレから人はいなくなっていた。この隙に、俺たちは急いでトイレから出た。
「ね、山中君はさ、お金持ちになったから声かけられたと思ってる? ――違うよ。実は私、山中君の事、中学の時から好きだったんだよ?」
え!?