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第16話 中学の同級生、向井

「あなた、また飲みに行くの? 今日は早く帰ってくるんでしょうね? 娘も待っているのよ」

「うるさいな、たまの同窓会くらいいいだろう。今日は帰ってこれないから、待ってなくていい」


 俺は少々気分を悪くしながら、家を出た。ふと振り返り、家を見上げる。家の表札には向井と書かれている。俺が金を貯めて建てた、完璧な家だ。成功者の証である。唯一の不満は、中に住む住人だけだ。


 出会った時は俺の妻にふさわしい女だと感じたが、それは間違っていた。見た目はいいが性格は最悪だ。いちいち俺を束縛しようとしてくる。面倒な女だ。家事もほとんどできないし、金も使いこむ。ろくな女じゃない。こんな事なら結婚なんてするんじゃなかった。


 しかし、別れることはできない。俺にも世間体がある。それに彼女は取引先のご令嬢だ。今、会社の経営は順調とは言い難い。取引先との関係を悪化させれば、次期社長という俺のポジションが揺らいでしまう。ここは我慢だ。


 俺は自前の高級車に乗り、同窓会の会場に向かう。酒を飲む以上、車で向かうと帰りが面倒ではある。だが、車を持って行かないという選択肢は俺にはない。中学の同級生など、どうせ大した職業についてはいないだろう。だが、俺は違う。父の後を継ぎ、社長になることが決まっている。俺は成功者だ。


 ろくに成功していないであろう下々の者たちに、俺がいかに勝ち組であるかを見せつける。車は成功者の証だ。それに――


 今日の同窓会には、あの東 京香がくる。唯一、中学の同級生で、俺以外の成功者であろう。正直言って、俺は今日の同窓会は彼女に会うためだけの参加だ。他の有象無象はどうでもいい。


 彼女に会うのに、車が無ければかっこが付かないだろう。


 俺がまだ結婚していなければ、彼女との結婚もありだった。しかし、結婚にこだわることもないか。今夜、一晩限りの関係も悪くないだろう。体の相性がよければ、愛人にしてもいい。そのくらい、京香は魅力的だ。


 目的地の同窓会会場についた。俺や京香にとってはかなりレベルの低い店だが、まあ仕方ない。下々のものにレベルを合わせなければ、同窓会などひらけないだろう。こんな店、さっさと京香と抜け出して、二人だけで二次会に行けばいい。きっと、京香もこんな店すぐ抜けたいはずだ。成功者である俺が口説けば、すぐに落ちるだろう。


 俺は車から降りて、会場に入る。京香はすぐに見つかった。しかし――


「あ、向井君、来てくれたんだね」

「もちろんです。……お前も来たのか、山中。てっきり、どこかで野垂れ死んでいると思ったぜ。よく顔を出せたな」


 あの京香と、山中が話をしているだと? 山中、お前は自分の立ち位置が分っているのか? 彼女はお前のような下層の人間が話しかけていい人物じゃない。すごく不愉快だ。京香はただの同級生ではない。お前レベルが話しかけられる相手ではないのだ。この中で彼女と話せるレベルの人間は、俺だけだ。


 山中の奴もさすがに身の程をわきまえているようで、これ以上俺たちの会話に入ってくることはなかった。そして始まる同窓会。


「みんな、あらためて自己紹介をしようよ。みんなの近況も知りたいしさ。じゃあまずは俺から言うわ」


 ある程度酒が進んだところで、中学生当時の委員長が言った。悪くない提案だ。中学の頃とはいえ、かつてクラスをまとめていただけある。なかなか空気を読むのが上手い。


 お前ら下々とはレベルが違うことを、改めて語ってやろう。さて、何の話をしようか。


 俺が話すべき内容を吟味している間に、次々と自己紹介が進んでいく。やはり、大した奴はいない。一人会社を立ち上げたというチャレンジ精神にあふれる奴がいたが、それくらいだ。俺レベルではない。立ち上げたばかりの会社じゃ、俺が継ぐ予定の大会社とは比べ物にならないだろう。


 そしてついに東さんが自己紹介を始める。東 京香、女子アナウンサーです、と。見た目、仕草、声。どれもキレイで文句のつけようがない。やはり俺にふさわしい女だ。


 その次が俺の番だ。俺は名を名乗り、自分がいかに成功しているかを語った。俺が務める会社のすばらしさ、俺の役職、俺の功績。これが俺の講演会なら、講演料は高くつくだろう。我ながら悪くない自己紹介だった。


 しかし……なんだ、この反応の鈍さは。普通ならスタンディングオベーションものだろう。それなのに、皆愛想笑いを浮かべるだけだ。ちっ、これだから下層の人間どもは。俺の功績がいまいち分からないようだな。まあいい、次は山中の番だ。


「ほら、次はお前の番だぞ山中。お前、うちの会社を首になった後、今何してるんだ? ニートか?」

「と、投資家かな……」

「投資家ぁ? おいおい、正直に答えろよ、ニートですって。それともアルバイトか? ぷっ、投資家ってお前――」

「やはり、そうだったのか!」


 俺がいい感じに山中の正体を暴こうとしたその時、横やりを入れられた。企業したとかいう同級生だ。コイツが突然、妙な話を始めやがった。


 最近話題になっている伝説の投資家がいる。そいつの名前は分かっていて、その名前が山中 樹だという。ばかばかしい。こいつにそんな才能があるわけがない。しかし――


 俺は話を聞き、改めて山中の服装を見てみる。なんだ、この妙に気品あふれる服装は。それに、ちらりと袖から覗くあの時計、俺もいつか買ってみたいと思っていた時計じゃないか。

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