「ただ、どうやって藤堂の本性を教えるかだよ」
桐山が話を続けた。
「そうだなぁ、とりあえず店から出てきたら、後をつけて、おっさんが一人になったところで声をかけたらいいんじゃないのか?」
俺はあまりその辺りのことは具体的に考えていなかった。
「まぁ、そういうことなんだけどさ、おっさん、俺たちの言うことを信じるかな?」
「それもそうだけど、いまのところはそうするしかないんじゃないの?」
「それはそうだけどな。じゃあ、そうするか。よし、おっさんに話すのは俺に任せてくれ」
桐山も他に良い方法があるわけではないのだろう。
そんな会話をしながら、さらに待っていると、二人が店から出てきた。
おっさんは上機嫌なようだ。
それはそうだろう。藤堂は男が喜ぶように行動しただろうからな。
おっさんはそれが罠とも知らずに、鼻の下を伸ばしていい気になっているわけだ。
なんとも哀れに思えた。
藤堂はまだ少し緊張感が残っているおっさんの腕に、自分の腕を絡めていった。
おっさんはびっくりした顔をしている。
「おいおい、あんなことされたら、お金なんてすぐに払うよな」
桐山が言った。
「そうだろうな。俺もあんなきれいな女にあんなことされたら、絶対その気になるよ」
藤堂とおっさんが歩き出した。
俺たちはそれを少し離れた物陰から見ていた。
「まさかあのままホテルに行かないよな?」
俺は二人の様子からそんな気がした。
しかし、よくよく考えたら、俺は女の子とホテルに行ったことがないから、どういう雰囲気ならホテルに行くのか、なんとなくの知識しか持ち合わせがない。
「いや、たぶん行かないと思うぞ。女はギリギリまでそういう雰囲気にしておいて、男の気持ちを昂らせるんだ」
桐山はわかったようなことを言う。
桐山も俺と同じで、そんな経験は皆無のはずなのに。
「そうなのか?」
「そうだと思う。だって、あの女見てみろよ。確かに美人だけど、やたらとプライドが高そうだからな。あんな冴えないおっさんとそういう関係になるなんて絶対に嫌なはずだよ」
桐山は自分の考えにえらく自信があるようだ。
「まぁ、それはそんな気がするな。でも、藤堂は金を出せたいわけだし……」
「そうだよ。だけど、ホテルに行ってそういうことをしてしまうと、それまでだよ。いずれはそういうことをするにしても、今日は初対面だしな。軽い女と思われたくないから、そういうことは絶対にしないって」
桐山の話は説得力があった。
俺も、確かにそうだと思えた。
藤堂とおっさんはしばらく歩くと、そのまま別れた。
おっさんは名残惜しそうにしているが、粘る様子はなかった。
藤堂は駅に向かった。
「あっ、帰るみたいだな」
俺が言った。
「そうだな。やっぱり今日は食事だけだ。よし、じゃあ、おっさんの後をつけて、人気がないところで話しかけよう」
桐山はそう言うと、歩き出した。
俺もそれに続いた。
おっさんは近所なのか、そのまま住宅街の方へと向かった。
しばらく歩くと、完全に住宅街になり、通行人はほとんどいなくなった。
「そろそろ声をかけようか」
俺が言うと、
「オッケー」
と桐山が言った。そして、
「お前はここで待っててくれ」
と言うと、おっさんの方へ早足で近づいていった。
俺は電柱の陰に隠れて、その様子を見ることにした。
「あの、すみません」
桐山がおっさんに声をかけた。
おっさんは夜道で突然声をかけられて、少し驚いていた。
「突然こんなことを言うと驚くかもしれませんけど、さっき会ってた女の人は危険ですよ」
桐山はいきなりそんなことを言った。
よくそんなことを知らない人に言えるよと、俺は少し感心した。
「なんですか? あなたは?」
おっさんは当然の反応をした。
「いや、名乗れませんが、あの女の人の本性を知っている者とだけ」
「はぁ? いったんどういうことですか?」
おっさんは完全に警戒していた。
そりゃそうだろな。
大丈夫かな?
俺は心配になってきた。
「とにかく、あの女の人はあなたに近づいてお金を巻き上げるのが目的なんです。だから、もう会わないほうがいいですよ」
桐山の態度は堂々としていた。
あいつにあんなことができるなんて信じられなかった。
「そんな、どうして知らない人にそんなことを言われないといけないんです。失礼ですよ」
おっさんが怒りだした。
「まぁ、いいです。とにかく注意してください。お金を出してはいけませんよ」
桐山はそう言うと、俺のいるところへ戻って来た。
おっさんは、いったいなにがあったんだという感じで呆然と立っていたが、首をかしげてそのまままた歩き出した。
「どうだった? なかなか良かっただろ」
桐山が俺に訊いた。
「お前が堂々としているから、ちょっと驚いたよ」
俺は素直に感想を言った。
「そうだろ。実はハードボイルドに出てくる、こういう謎の男っていうのに前からちょっと憧れててさ。やってみたかったんだよ」
桐山は嬉しそうに話した。