「あっ、ルキアだ!」
俺は思わず大きな声が出た。
「なに! あれがそうか。しかし、それだとヤバいんじゃないか?」
桐山はじっとルキアの方を見た。
ルキアが藤堂とヒリュウに近づくと、藤堂とヒリュウも気づいたようだ。
なにを言っているのかはここまで聞こえないが、険悪なムードであることはわかった。
少しやり取りがあったかと思うと、ヒリュウとルキアは並んで歩きだした。藤堂はそれにはついて行かず、一人でどこかに行った。
「おい、どうする?」
俺は桐山に訊いた。
「とにかく男二人について行こう」
桐山はそう言うと、先に歩き出した。
俺もそれに続いた。
先を歩くヒリュウとルキアはなにも話をしていないようだ。
それからしばらく歩くと、人気のない路地へと曲がった。
俺たちは身を隠すようにして、その路地をそっと覗いてみた。
すると、ヒリュウとルキアがお互いの胸倉をつかんでいた。
「テメー、いったいどういうつもりだ!」
ルキアが怒鳴った。
「さあな、なんのことだ?」
ヒリュウが言う。
「とぼけんじゃねえ! 美紀を俺のところに寄こしたのはお前だろ?」
「勝手に推測してんじゃねえよ」
「勝手にじゃねえ。状況から考えてお前が仕向けたと考えるが自然だ」
「そんなの知るかよ。なんで俺がそんなことをしなけりゃいけなんだ?」
「俺へ恨みからだろ」
「お前への恨み? ハッ、バカバカしい」
どうやらルキアは藤堂美紀がヒリュウに仕向けられたものだとわかったようだ。
「いや、あの女を俺に仕向けたのはお前だ。俺にいっぱい売掛をさせておいて初めから逃げるつもりだったんだろ?」
「おいおい、仕向けたって証拠はないぜ。あれはお前の客だろ? 売掛のことは俺の知ったことじゃねえ」
ヒリュウはあくまで知らないと言いたいようだ。
「じゃあ、なんでさっき一緒にいたんだ? しかも腕まで組んで。どう見ても男女の関係だろ」
「ああ、そうさ。美紀と俺はそういう関係だよ。だからってなんでそういうことになるんだ?」
「俺への恨みを晴らすためだ」
「図に乗るな。俺がそんなにお前のことを意識しているかよ」
ヒリュウはそう言うが、十分意識していることを俺たちはすでに知っている。
「とぼけるのもいい加減にして、お前が代わりに金を払ってもらおうか」
ルキアがヒリュウに言った。
「なんで俺があの女のツケを払わないといけないんだよ。冗談も休み休みに言えよ」
ヒリュウは当然払うつもりはないだろう。
「いや、払ってもらうぞ」
「払わねえよ」
「そうか」
ルキアはそう言ったかと思うと、ポケットからなにか取り出した。
「あ、マズいぞ」
桐山が言った。
「なんだ?」
「ナイフだ」
「えっ!」
「ヤバい。止めないと」
桐山が慌てて言った。
「でも、どうやって?」
「あれだ、タカシマンだ!」
「え、あれ?」
「そうだ。急げ!」
俺は桐山に言われて、慌ててカバンから桐山の用意したマスクとマントを取り出した。
「早く被れ」
桐山に言われて、俺は大急ぎでマスクを被った。
「これでどうだ?」
「ああ、それでいい。マントも。早く」
俺はマントをまとった。
「よし、行け!」
俺は桐山に押し出されるようにして、ルキアとヒリュウのいる路地へと入った。
「お前が払う気がないなら、ここで……」
ルキアがヒリュウにナイフを向けた。
「お、おい、ちょっと待て。落ち着け」
さっきまで強気だったヒリュウの顔色が変わった。
「お前が悪いんだ」
ルキアは、ナイフを腰だめにして、一気にヒリュウの方へと突っ込んだ。
そこに俺は飛び出して、ヒリュウのことを付き飛ばした。
ヒリュウが路地に転がった。ナイフは刺さらずに済んだ。
「待って。落ち着け。ここでこいつを殺しても、余計にひどい状況になるだけだぞ」
俺はルキアに言った。
「うるせぇ! お前は何者だ?」
ルキアがそういうのも無理はない。
プロレスマスクにマント姿なのだ。それにおでこには「正義」と書かれている。冷静に考えてふざけていると思われても仕方がない格好だ。
「私は正義の味方だ」
俺はなんと言っていいのかわからなかったので、とりあえずそう言った。
「正義に味方?」
ルキアはあまりのことに状況が理解できていないようだ。
「そう、正義の味方、タカシマンだ!」
俺はせいぜいカッコつけたつもりだが、あまりカッコよくなかったかもしれない。