「タカシマン? なんだそれ?」
ルキアの興奮は少しおさまったようだ。
「なんだって訊かれても困るんだけどさ、とにかく正義の味方なんだよ」
俺は自分で言ってて少し恥ずかしかった。
「はぁ」
ルキアはなに言ってんだこいつって顔をしている。
「この男のやったことは許せないと思うけど、だからってナイフで刺しても解決にはならないだろう?」
「それは、そうだがよう……。ってお前はこの男がなにやったか知ってんのか?」
「知ってる。俺は正義の味方だからな」
さすがに無理のある受け答えに思うが、それ以外に思いつかなかった。
「答えになってねえよ。だが、もうナイフで刺すなんてことはしねえから安心しな」
ルキアはそう言ってナイフをポケットに収めた。
俺はホッとした。
「それにお前がいま突き飛ばしたから、ヒリュウの奴、そこで頭打って延びちまってるよ」
ルキアが言うので、俺はヒリュウの方を見た。
するとヒリュウは白目を剥いて気を失っていた。どうやら慌てて突き飛ばしたので力の加減ができなかったようだ。突き飛ばした時に壁で頭でも打ったのだろう。
「あ、マズいな」
俺は額に手を当てた。
「フン、ま、ありがとうよ。おかげで犯罪者にならずに済んだ」
ルキアが言った。もう完全に冷静になっているようだ。
「そうか。俺としても登場した甲斐があるよ」
「ところで、俺がこいつになにをやられたか知ってるようだけど、ついでに話を聞いてくれるか?」
「え?」
ルキアの意外な態度にちょっと驚いた。
「あ、ああ、いいよ」
「実は俺、こいつと藤堂美紀って女に騙されるような感じで店に金払う羽目になったけどさ、もうホストを辞めようかって思ってるんだ」
「え、そうなんだ」
俺は少し驚いた。
「ホストの仕事に嫌気がさしちまってさ。もう店に払う金も親に頼んで用意してもらってるんだ。それを払ったらスッパリ足を洗って、別の仕事をしようって思ってる」
「ふーん、それがいいのかもね。嫌気がさしてる仕事を無理に続けるのは良くないと思うし」
「そうだな」
「お金は大丈夫なの?」
「親には少しずつ返すよ。さすがに申し訳ないからな」
ルキアは少し照れ臭そうにした。
「ところで、このヒリュウってあんたのことをかなり恨んでたみたいだけど、なにがあったの?」
俺は気になっていたことを訊いた。
「それは、こいつが新人として店に入ってきた時に、俺が指導担当になったんだ。それでいろいろと指導したわけだけど、それが気に入らなかったんだろうな」
ルキアは白目を剥いて倒れているヒリュウを顎で指しながら言った。
「でも、それってどんな会社とかでもあるようなことじゃないの? それで恨むなんてことあるわけ?」
「ま、指導って言っても、そこ辺の会社のような感じじゃないからな。手も出るし足も出る。それがその店では当たり前だったから、俺としてはなにも思わずにやったことなんだけどな」
「そういうことか。逆恨みとも言えるけど、結構ひどい指導だったってことか」
「まぁ、そういうことだ。俺もそんなにこいつに恨まれているとは思ってなかったよ」
ルキアは自嘲気味に笑った。
「でも、もうホストを辞めるんだったら、こいつもあんたになにかするってこともないだろうな」
「そうだな。とにかく今回は礼を言うよ。なんだかその変な格好を見てたら怒ってる自分がバカバカしくなったよ」
ルキアにそう言われて、俺は自分のしている格好を思い出した。
「じゃあな」
そう言ってルキアは路地から出て去っていった。
そこに路地を陰から見ていた桐山がやって来た。
「なんだか、とりあえず解決したみたいだな?」
と桐山が言った。
「そうだな。スカッと解決ってわけじゃないけどな」
「いいじゃないの」
「ところでこいつはどうする?」
と俺は倒れているヒリュウを指さした。
「うーん、ちょっと待てよ」
桐山はしゃがんでヒリュウの肩を少し揺すった。
すると、ヒリュウは「うーん」と小さく声を出した。
「大丈夫そうだ。このまま放っておいても勝手に気が付くだろ」
桐山が言った。
「じゃあ、さっさとずらかろう」
俺たちは路地から出て家に向かった。
「それにしても、お前、突き飛ばし過ぎだよ」
桐山は笑って言った。
「だって、あの時は慌ててたからな」
俺は本当に慌てていたのだ。そんな時に力の加減なんてなかなかできることじゃない。
「そうかもしれないけどさ、ヒリュウがコンクリートの壁でガツンっていった時は、俺、ちょっとビビったぞ」
「ハハハ、俺はまったく気が付いてなかったけどな」
俺たちはそんな話をしながら家路についた。