俺は桐山のところへ行った。
「あのおっさんがヤバいぞ」
俺は桐山に言った。
「ヤバいって、どうヤバいんだ?」
「ヒリュウと藤堂で美人局をするつもりのようだ」
俺は珍宝院が言っていたことを話した。
「なるほど。例の爺さんがそう言ったのならそうなのかもな。俺もこの前あの二人がそういう話をしているのを聞いたし、やっぱり美人局をやるわけだ」
「そういうことのようだ。美人局となったら、もう完全に犯罪だよな」
「そうだな」
桐山は頷いた。
「珍宝院からターゲットになってるおっさんの住所と名前を教えもらったけど、どうする?」
「とりあえずは藤堂がおっさんに接触するのを待つしかないよな。ところで、あのおっさんってなんて名前だ?」
「えっと、中川正志って書いてるな」
俺は珍宝院からもらった紙を見て答えた。
「中川か。じゃあ、その中川を見張ろう」
「中川に事情を説明したほうがいいかな?」
「いや、しなくていいだろう。前に一応警告したし、またこんな話をしても信じないだろうしな。どうせ怪しまれるだけだよ」
「それもそうか」
話し合いで中川は桐山が見張ることになった。
見張ると言っても、ずっと見張る必要はない。どうせ藤堂と会うのは仕事終わりか休日だ。
中川は役所勤めの公務員であることは、藤堂が話していたのでわかっているが、まずはどこの役所勤めなのかを突き止める必要があった。
珍宝院もちゃんと職場まで教えてくれたらいいのにって思ったが、そんなことはさすがに言えない。
桐山が朝から中川の家を見張って出勤するのをつけて行き、どこで働いているのかを突き止めた。
隣町の役所だった。
役所勤めなのは幸いだった。帰る時間がはっきりしているのであまり待たされることはなさそうだ。
後は中川が藤堂と会うのを待つだけだ。
そして一週間ほど過ぎた時、桐山から連絡があった。
「中川が今日は寄り道して帰るみたいだ」
桐山が言った。
「藤堂と会うのかな?」
「それはわからないけど、おそらくそうだろう。中川はいつも仕事が終わったらまっすぐ家に帰ってるみたいだから、寄り道するってことはそれぐらいしかないんじゃないの」
「わかった。じゃあ、すぐに行く」
俺は急いで桐山がいるところへ向かった。
三十分もすると桐山と合流できた。
桐山は仕事帰りの中川をつけていて、いまは前に中川と藤堂が二人で来ていたレストランの前だ。
「どうだ? 藤堂と会ったか?」
俺が訊いた。
「いや、まだだ。中川は一人でここに来て、レストランに入ったよ」
「中川が一人で?」
「そうなんだよ。俺もてっきりまた待ち合わせてどこかに行くのかと思ったけど、そうじゃなかった。直接このレストランに来たんだ」
「そうだったのか。じゃあ、藤堂と会うんじゃなくて、別の用事で来たのかな?」
「さあ、どうだろう。でも、これまで見張っていた感じだと、他の誰かと会うとかってなさそうだけどな」
「でも、藤堂も来てなくて、ここのレストランに入ったってことは他の誰かと会うんじゃないのか?」
「普通に考えたらそうだよな。このレストランに一人で食事っていうのも考えにくいし」
桐山は首を傾げた。
「誰か中川と会いそうな人はレストランに入って行かなかったか?」
「うーん、それっぽいのはいなかったな」
「じゃあ、もう少し様子を見ようか」
俺たちはレストランの出入り口が見えるところで、また缶コーヒーを飲みながら待った。
「世の中ホント不公平だよな」
俺が言った。
「まぁ、そうかもしれないな。こういうことをするようになって、毎日楽しくはなったけどな」
桐山はそう言って照れ臭そうに笑った。
「確かにそれは、俺も同じだ」
そんな話をしながら待っていると、
「あ、中川だ」
と桐山が言った。
俺たちは急いで物陰に隠れた。
「あれ、誰かと一緒だぞ」
俺は指をさした。
「ホントだ。あ、あれって中川が店に入った後にすぐに来た女だよ」
その女はすらっとした体形で遠目に見てもかなりの美人だ。
三十歳ぐらいでスーツが良く似合い、長い髪をなびかせている。キャリアウーマンという感じだ。
「あの女と会ってたのか」
「そうみたいだな。それにしてもえらいきれいな女だけど、どういう関係だ?」
桐山が言った。
「まさか彼女とか?」
「それはないだろ。あのおっさんにあんなきれいな彼女がいるわけない」
と桐山は情け容赦ない。
「じゃあ、なんだ?」
「ひょっとして、またアプリで知り合った相手とか?」
「なるほど、それはあり得るな」
「彼女が欲しいだろうから、行けそうな人にはどんどん行ってるんじゃないのかな」
「でも、あの相手では中川には荷が重いだろ? それにあの女があんな冴えない中川と付き合うとは思えないけど」
「中川は真剣交際のつもりでも、女の方はパパ活相手を探しているってことじゃないのか」
「ああ、パパ活ならあり得るか」
「十分あり得る。中川ならちょうどパパ活には良さそうだしな」
桐山の話には説得力があった。
「それに、いま気づいたけど、中川が店に入る時に持ってた紙袋を、いまは女が持ってるよ」
桐山が言った。
「プレゼントか」
「そういうことだろうな」
とにかく俺と桐山は中川をつけることにした。