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第62話 美人局③

 中川は家へと向かって歩いているようだ。

「それにしても、あのおっさんは藤堂と会ったりしてるのに、他の女とも会うって、結構精力的だな」

 俺が言った。

「そうだな。だけど、アプリで相手を探すとなると、くじ引きみたいなところもあるだろうし、数打たないとダメなのかもな」

「それもそうか。うまく行きそうでもダメになることもあるし、同時進行でいくつも進めておかないと時間の無駄になるか」

「そういうことだと思うよ。それにあのおっさんは年齢的に早く結婚したいんじゃないのか? だから焦ってるってことなんだと思うよ」

 桐山の言うとおりだと思った。

 男の場合、何歳になっても子供は作れるし、女よりも焦らなくてもいいのかもしれないけど、年がいくほど相手を見つけるのは難しくなるだろう。

「それにしても、あの女は絶対に援助交際やパパ活の部類だろ? 俺たちが見てもすぐにわかるのに、中川はわからないのかな?」

 俺は単純に疑問だった。

「わからないんだろうな。わからないからいままで相手ができずに来たんだろ」

「そういうことか」

「それともう一つ相手ができない理由があると思う」

「と言うと?」

「あのおっさんは自分の価値がわかっていないってことだ」

「価値?」

「そう。つまり自分は公務員で収入も安定してるし、社会的信用もある。だから結婚相手にはうってつけだから、女はみんな俺と結婚したいはずだって思ってると思うんだ」

「そうかもな」

「だけど、女の方はそんなこと思っていない。むしろ女の方はクソつまんねぇ奴って思っているんだよ。だから中川が売れると思っている値段と、女が買いたいと思っている値段がまったく合ってないってわけだ」

「なるほどね。だから相手が見つからず、見つかったと思ったら別の目的がある女ばっかりになるってことか」

「そういうことだ」

「ある意味、金目当ての女からしたらちょうどいいカモってわけだな」

「確かに。気は弱そうだし、乱暴なことはしないだろうからな。それに金はそこそこ持ってるから」

「まさにカモネギだな。現に今日もプレゼントを渡してただろう。あれだって高級ブランドの紙袋だったから高いと思うんだよ。それにおそらくあの女と会ったのは今日が初めてだろう。そんな相手にいきなり高級品をプレゼントするんだから、女からしたらちょろい相手ってことだろうな」

「でもおっさんからしたら初めに高いものをプレゼントすることで、一気に距離を詰められるって思ってるんだろうな」

「うん。モテない男の典型だよ」

 俺たちはそういった会話をしていたが、そんな俺たちもまったくモテないのだからあまり偉そうなことは言えないのだが。


 中川をつけていると、どうやら家に帰るということではないようだった。

 しばらく歩くと、ビルの地下にあるバーに入った。

「あれ、寄り道か?」

 桐山が言った。

「どうする?」

「そうだなぁ。また誰かと会ってるのかもしれないし、一応チェックするか」

「オッケー。じゃあ、俺が店に入って様子を見てくるよ」

 と俺は言って、一人で地下に降りバーに入った。

 桐山は外で待っていた。

 俺がバーに入ると、店内はあまり広くなく人もまばらにいるだけだった。

 中川は一人でカウンター席に座っていた。

 俺は少し離れたカウンター席に着いた。

「ご注文は?」

 バーテンに俺はウイスキーの水割りを注文した。

 中川も水割りを飲みながら、スマホをいじっていた。

 しばらくすると、店の扉が開いて二十歳ぐらいの若い女が入ってきた。そして、女は中川の隣に座った。

「あたし、ミズキです。中川さんですよね?」

 と女は中川に話しかけた。

「あ、はい。中川です」

 どうやら雰囲気から、この女ともアプリで知り合って会うことになったのだと思えた。

 店内には静かにジャズが流れされているが、二人の会話は丸聞こえだった。

「こんな大人な雰囲気のお店に来るの初めてです」

 ミズキと名乗った女が言った。

「そうなんだ。俺はこういう落ち着いた店が好きでね」

 そこから二人はアプリでやり取りした内容を話していた。

 内容そのものは知り合って間もない男女なら、誰でもするようなものだ。

 しばらく耳をそばだてて聞いていたが、正直言って俺は少し退屈してきた。

 そして桐山にラインで状況を報告した。

 最後に、

「どうする?」

 と打った。

「それならもういいんじゃないか」

 と返信が来た。

 俺は席を立ち支払いを済ませて店を出た。

 店を出ると、

「あのおっさん、一日に二人と会うなんてすごい体力だな」

 と桐山に言った。

「そうだな。それにしても、また絶対に無理な相手に行ってるんだな」

「そうだよ。あんな若い女と付き合えると思ってるのかな?」

「思ってるんだろうな。でも、おそらく援助交際だろ」

「はっきりそう言うかは別にして、実態としてはそうなんだろうな。中川はまったくそれに気づかずに付き合うのかもしれないけどな」

「虚しい話だよ」

 俺は中川が美人局の被害に遭うのを防ごうと思っていたが、中川に同情する気持ちがなくなってきた。

 それを桐山に言うと、

「俺もなんだかバカバカしくなってきたよ。初めはモテない男を食い物にしてって怒りがあったけど、よく考えたら、あのおっさんってそれだけ女と遊ぶ金があるってことだろ? なんでそんな奴を俺たちみたいな貧乏フリーターが助けないといけないんだ」

 と桐山も言った。

 そこにバーから出た中川と女が階段を上がって来た。

「あ、マズい」

 俺と桐山は建物の影に身を隠した。

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