中川と女は地上に出ると、二人並んで歩きだした。
俺たちは少し離れて後をつけた。
中川の腕に女が自分の腕を絡めている。
「おい、あれってどういうことだ?」
俺が桐山に訊いた。
「さあ、女が少しでももらえる小遣いを増やしてもらうためなんじゃないのか」
「ああ、なるほど。それはあり得るな」
中川と女の姿はどう見ても不釣り合いだ。
地味で冴えない中年男と、若い派手目な女だ。誰が見ても援助交際と思うだろう。
中川にはその認識がないのだろうか?
俺なら恥ずかしくて仕方がないが。
「それにしても、あの女、やたらとベタベタするな」
と桐山が言う。
「そうだな。中川は嬉しそうだけど」
中川は鼻の下を伸ばしている。親子ぐらい年の差がありそうな女にデレデレしている姿がいかにも情けなかった。
そんな感じで中川らのことをつけていると、二人はラブホテル街へと向かった。
「あれ、これからホテルに行くのか?」
俺はこのまま帰ると思っていたので、意外だった。
「そうみたいだな」
桐山も少し意外そうだ。
「どうする?」
「そうだなぁ。でも、あの女は藤堂と違って美人局ってわけでもなさそうだし、待ってるのも辛いから今日は帰るか」
と桐山は言った。
「そうしよう」
俺たちは桐山の家に帰った。
「これからどうする?」
俺は中川のことを助ける必要があるのかと思うようになっていた。
「そうだなぁ。あのおっさん、少なくとも藤堂以外にも、いろいろと遊んでいるみたいだしな」
言葉のニュアンスから桐山も同じように思っているようだ。
「そうだよな。今日の相手はおそらく二人とも今日初めて会ったんだろうけど、今後も会うのかもしれないし、ひょっとしたら、あれ以外にも何人もいるのかもな」
俺は中川はマッチングアプリなどで手当たり次第に行っているのではないかと思っていた。
「そんなことをしてたら、そのうち美人局に遭うのも仕方がないように思えるな」
と桐山はあきれ気味である。
「あのおっさんを助けるの、やめるか?」
俺が切り出した。
「そうだな。俺もそれは思ってた。後をつけて藤堂とヒリュウが現れたら、そこで二人を退治して終わりと思ってたけど、どうもそういうことでもなさそうだし」
桐山ももう中川を助ける気はなさそうだ。
「美人局って犯罪はさ、考えたら被害者の方も悪い場合が多いよな。だって、初めからそんなことをせずに、まともな相手と交際してたら問題ないわけだしな」
「そういうことだ。あのおっさんも単純にかわいそうな被害者ってわけでもないよ。今日だって初めの女はともかく、後から会ってた若い女なんてどう考えても売春だろ?」
「そうだ。いくらモテないからって、あんなことをするのは倫理的には問題あるよ」
「俺もそう思う。別に責める気はないけど、褒められたことじゃないのは確かだし」
「じゃあ、もうこの件は手を引こう」
「そうだな」
俺たちは中川のことには関わらないことに決めた。
あの藤堂とヒリュウを放置するのは多少は心残りではあるが、俺たちがなにかしなくても、そのうちどこかでボロが出て警察に捕まることだろう。
翌日、俺は普通にバイトに行った。
そして、帰っている時に桐山から連絡があったので、俺は直接桐山の家に向かった。
「なにかあったのか?」
俺は嫌な予感がしていた。
「あった。中川が死んだみたいだ」
桐山がスマホを見ながら言った。
「えっ、どういうことだよ?」
「殺されたみたいだ。昨日、中川はあの若い女とホテルに行ってただろ?」
「そうだな。俺たちは待ってるのも辛いから帰ったけど」
「そう。あの時に行ったホテルで殺されたみたいだ」
「誰が殺したんだ?」
「それはまだわからないらしい。いつまでも出て行かないからホテルの従業員が様子を見に行ったら、部屋で刺されて死んでたらしいよ」
「じゃあ、あの時の若い女がやったのかな?」
「その可能性はあるよな」
「だったら、割とすぐに捕まりそうな気もするけど……」
「そうだな」
そこから二人とも黙ってしまった。
俺はあのまま帰ってきたことを後悔していた。
俺たちはなにも悪いことはしていないのだが、なんとなく後味が悪い。
「どうする?」
桐山がボソッと言った。
「どうすって言っても……」
「このままでいいのか?」
「それは、つまり俺たちで犯人を捕まえようってことか?」
「そうだ」
「本気か? 確かに俺も嫌な気分ではあるけど、警察が捕まえる方が早いだろ?」
「そうだ。だけど、単に犯人を捕まえて終わりってことじゃないと思うんだ」
「どういうことだ?」
俺は桐山の言おうとしていることがわからなかった。