「確かに犯人を捕まえるのは警察がすればいい。だけど俺たちのするべきことは、警察がどうすることもできないようなことを解決することだと思うんだよ」
と桐山は言うのだった。
「警察がどうすることもできないようなことって、なんだ?」
「例えば、今回のことで言うなら、殺人犯は警察が捕まえることができる。だけど、美人局をやろうとしている奴を捕まえることはできないだろ?」
「あ、そうか。そう言えば中川の件って、そもそもは藤堂とヒリュウの美人局から守るって話からだったよな」
俺は中川が殺されたことで肝心なことを忘れていた。
「そうだ。中川は殺されたから、もう美人局の被害に遭うことはないだろうけど、藤堂とヒリュウが美人局をやめるって事にはならないだろ」
「それはそうだと思う。あいつらはまた適当なカモを見つけて実行するだろうな」
「うん。絶対すると思う。俺たちがやるべきことはそっちじゃないか?」
「確かに」
「そのためには中川の殺人のことも調べた方がいいと思うんだ」
「それって関係あるのか?」
「なんだかそんな気がするんだ。だからまずはこの犯人がどんな奴なのか知る必要がある。そのためにはとにかく捕まえないことにはな」
「理屈はわかるけど、どうやって捕まえるんだ? それに、たぶん警察が先に捕まえるぞ」
俺は殺人犯を捕まえるなんてできる気がしなかった。
「お前の言うとおり、警察はホテルの監視カメラとかから犯人を特定してすぐに捕まえようとするだろうけど、俺は無理だと思う」
「なんでよ? たぶん犯人はあの若い女だろうし、そんなのすぐに見つけるだろ」
「まぁ、俺たちはあの女が中川とどういう関係か、なんとなくでもわかってるけど、そんなこと他の誰も知らないはずだ」
「そりゃ、そうだな。おそらく中川の感じからして、あんな女と遊んでることなんて他の人には内緒にしてるだろうしな」
「そう。だから中川とあの女の関係がどういうつながりなのか、周りの人に訊いても誰も答えられないと思うんだ」
「でも、中川のスマホを調べたら、おおよそのことはわかるんじゃないか?」
「確かにその可能性はある。だけど、俺の勘では、中川はそんな証拠を残してないと思うんだ」
「つまりラインのやり取りとかマッチングアプリとかの履歴を削除しているってことか?」
「そう。なぜなら中川って複数の女と会ってただろ?」
「そうだな」
「だけど中川はああやって遊ぶのが目的じゃないんだよ。あいつの目的はきちんと付き合える相手を探すことであり、結婚相手を探すことなんだよ。だから複数の女と会っていることは他の女に知れてはマズいんだ」
「だからマメに履歴削除をしてたと言うのか? ちょっと考えすぎじゃないのか?」
俺は桐山の説にイマイチ納得できなかった。
いくらなんでもそんなにマメに削除するだろうか?
スマホが見られない限り、削除する必要なんてないように思える。
「お前にとっては考えすぎなのかもしれないけど、俺にとっては当然そうするってぐらいことだよ」
「はぁ? つまりお前が中川の立場ならそうするって言うのか?」
「ああ、するね。だいたいスマホなんてなんの拍子に覗かれるかわからないし、自分が席を外している間に勝手に女が見るってことも考えられるだろ」
「いや、それはそうだけど、お前ってそんなに心配性だったのか?」
俺は桐山の意外な一面を見た気がした。
「心配性じゃなくて慎重って言ってもらいたいな、ただ、俺は女と付き合ったことがないから、一回もそんなことをした経験はないんだけどな」
桐山は自嘲気味に笑った。
「それもそうか。まぁ、それはわかったよ。でも、仮に中川が履歴を全部消してたとしても、警察もバカじゃないからどんなアプリを使ってたとかわかれば、その会社に行ってサーバーを調べるだろうから、どうせわかるだろ?」
「それはそうなんだけど、それでもそこに行きつくまでにそれなりに時間はかかるはずだよ」
「それはそうかもな」
「だからそれまでに、俺たちであの女を見つけるんだ。それにこれも俺の勘だけど、あの女は犯人じゃないように思う」
「なんでそう思うんだ?」
「なんでかって言うと、中川は刺されて死んだってことのようだけど、あの女ってそんな人を刺し殺せるようなものを持ってたか?」
そう言われて、俺は昨夜のあの女のことを思い返した。
あの時、若い女が持っていたものと言えば、スマホと財布ぐらいしか入らないような小さいポーチだけだった。
「持ってないな」
「そうだろ? ラブホテルの部屋にナイフなんて、おそらく置いてないだろうし、そうなると別の誰かが来て中川を刺し殺したんだと思うんだ」
「そうか。そうだよ。じゃあ、あの女も美人局をしようとして、出てきた男がやり過ぎて中川を殺してしまったってことか?」
「その可能性もあるけど、それはまだわからないよ。ただ、あの女以外に誰かいるはずだ」
「そうなるど、警察はますます犯人逮捕に時間がかかりそうだな」
「それに、この事件には藤堂とヒリュウも関係してそうな気がする」
「さっきも言ってたけど、どうしてそう思うんだ? 俺にはわからないよ。まったく別口のように思えるけどな」
「俺もなんでそう思えるのかわからないんだけどなぁ。だけど、どうもあの若い女は藤堂とかヒリュウと知り合いなんじゃないかって思えてならないんだよ」
桐山も自分でもなぜそう思うのかわからないのだから、俺にわかるわけがなかった。