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第103話 暴力彼氏⑨

 俺たちはマンションのエントランスで待ったが、杉本は一向に出てこなかった。

「杉本って家にいるよな?」

 俺が言った。

 あまりに動きがないので、ひょっとして出かけているのではないかと思ったのだ。

「いるだろう。だって昨日の夜に鈴木幸恵がいるって言ってたんだから」

 と桐山は返した。

「でも、鈴木幸恵はいるって言ってたけど、あの時はいるって言ってただけで、実際にいるかどうか確認してなかっただろう?」

「まぁ、確かに昨日は帰ってきた時だったからな。実は家に帰れば杉本がいなかったってこともあるかもしれないな」

「そうだろう。だとしたら、実は昨日の晩から家にいないってことになるぞ」

「だけど、昨日鈴木幸恵には、なにかあったら連絡するように頼んでおいたし、あの後帰っていなかったら俺に連絡してくるだろう」

「ま、まぁ、それもそうか」

 俺は桐山の話に納得しながらも、不安はなくならなかった。

 結局、俺たちはそのままそこで昼過ぎまで見張っていたが、杉本はやはり出てこなかった。

「やっぱりいないじゃないか?」

 俺は待っているのに疲れてきたのもあったが、どうしても不安がぬぐえなかったのだ。

「うーん、でも、これぐらいは待つのは普通だぞ。別にいつ出かけれるって決まってるわけじゃないんだし」

 桐山の言うことももっともだと思った。

 杉本は会社に行くとかそういうのじゃない。桜川をどこかに拘束していて、その様子を見に行くのなんて、いつ行くのかはまったく見当がつかない。

 しかし、そうだとすると俺たちはいつまでここで張り込めばいいのか?

 数日は粘る気ではいたが、実際に張り込むのはきつい。考えてみたら、こういうことを桐山と桜川がしてくれていたのだ。

「でも、一応鈴木幸恵に確認してくれないか?」

 俺は桐山にお願いした。

「わかった。ちょっと待てよ」

 と桐山は鈴木幸恵に連絡して、杉本が家にいるのか確認してくれた。

 しばらくすると鈴木幸恵から電話がかかってきたので、桐山が電話に出た。

「彼氏は昨晩家にいました?」

「…………」

「ええっ、そうなんですか! どうしてそれなら連絡をくれないんです!」

「…………」

「わかりました。今度からはなにか変わったことがあったらすぐに連絡をください」

 そう言って桐山は電話を切った。声が完全に怒っていた。

「なんだって?」

 俺はすぐに訊いた。

「昨日の晩、あれから家に帰ったら、杉本がいなかったそうだ」

「ええっ、どういうことだよ?」

「いなかったけど、たまにフラッと外に出ることもあるから、昨日もそうだと思ったそうだ」

「なんだよ、それ。じゃあ、ここで見張っててもダメってことか」

「そうだ。クソー」

 桐山は悪態をついた。

 俺も同じ気持ちである。

「あの鈴木幸恵ってひょっとして、杉本の味方をしてるんじゃないのか?」

 俺はふとそう思った。

「どうだろう? さすがにそれは……。いや、でもそれもあり得るか。暴力を振るわれても結局は別れずにいるわけだしな。本人は別れたいようには言ってたけど、本当のところはそうじゃないかも」

「そうだろう」

「積極的に男の味方はしなくても、消極的には男を守るように行動するってことはあるな。今回なんてまさにそれだよ」

「どうする?」

 俺は質問したが、桐山もどうしたら良いのかわからないようだった。

 その時、桐山が小さく声を発した。

「隠れろ」

 俺と桐山は素早く物陰に隠れた。

「杉本だ」

 桐山が小声で言った。

 俺は歩いてきた男を見た。確かに写真で見た杉本だった。色白でひょろっとした陰気な男だ。

 杉本はそのままマンションに入っていた。

「いま帰ってきたってことは、桜川を閉じ込めてるところから帰ってきたってことかな?」

 俺が言った。

「おそらくな。でも、杉本が帰ってきたってことは、今度こそこのままここで張り込めば次に出かけた時に、桜川の居所がわかるぞ」

「そうだな。でも、本当に桜川は杉本が拉致して監禁してるのかな?」

 俺はいまさらながら思った。そうだと思っているのは俺たちの勝手な推測かもしれないのだ。

「絶対そうだよ。俺にはわかる」

 と桐山は自信ありげに言った。

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