俺たちはマンションのエントランスで待ったが、杉本は一向に出てこなかった。
「杉本って家にいるよな?」
俺が言った。
あまりに動きがないので、ひょっとして出かけているのではないかと思ったのだ。
「いるだろう。だって昨日の夜に鈴木幸恵がいるって言ってたんだから」
と桐山は返した。
「でも、鈴木幸恵はいるって言ってたけど、あの時はいるって言ってただけで、実際にいるかどうか確認してなかっただろう?」
「まぁ、確かに昨日は帰ってきた時だったからな。実は家に帰れば杉本がいなかったってこともあるかもしれないな」
「そうだろう。だとしたら、実は昨日の晩から家にいないってことになるぞ」
「だけど、昨日鈴木幸恵には、なにかあったら連絡するように頼んでおいたし、あの後帰っていなかったら俺に連絡してくるだろう」
「ま、まぁ、それもそうか」
俺は桐山の話に納得しながらも、不安はなくならなかった。
結局、俺たちはそのままそこで昼過ぎまで見張っていたが、杉本はやはり出てこなかった。
「やっぱりいないじゃないか?」
俺は待っているのに疲れてきたのもあったが、どうしても不安がぬぐえなかったのだ。
「うーん、でも、これぐらいは待つのは普通だぞ。別にいつ出かけれるって決まってるわけじゃないんだし」
桐山の言うことももっともだと思った。
杉本は会社に行くとかそういうのじゃない。桜川をどこかに拘束していて、その様子を見に行くのなんて、いつ行くのかはまったく見当がつかない。
しかし、そうだとすると俺たちはいつまでここで張り込めばいいのか?
数日は粘る気ではいたが、実際に張り込むのはきつい。考えてみたら、こういうことを桐山と桜川がしてくれていたのだ。
「でも、一応鈴木幸恵に確認してくれないか?」
俺は桐山にお願いした。
「わかった。ちょっと待てよ」
と桐山は鈴木幸恵に連絡して、杉本が家にいるのか確認してくれた。
しばらくすると鈴木幸恵から電話がかかってきたので、桐山が電話に出た。
「彼氏は昨晩家にいました?」
「…………」
「ええっ、そうなんですか! どうしてそれなら連絡をくれないんです!」
「…………」
「わかりました。今度からはなにか変わったことがあったらすぐに連絡をください」
そう言って桐山は電話を切った。声が完全に怒っていた。
「なんだって?」
俺はすぐに訊いた。
「昨日の晩、あれから家に帰ったら、杉本がいなかったそうだ」
「ええっ、どういうことだよ?」
「いなかったけど、たまにフラッと外に出ることもあるから、昨日もそうだと思ったそうだ」
「なんだよ、それ。じゃあ、ここで見張っててもダメってことか」
「そうだ。クソー」
桐山は悪態をついた。
俺も同じ気持ちである。
「あの鈴木幸恵ってひょっとして、杉本の味方をしてるんじゃないのか?」
俺はふとそう思った。
「どうだろう? さすがにそれは……。いや、でもそれもあり得るか。暴力を振るわれても結局は別れずにいるわけだしな。本人は別れたいようには言ってたけど、本当のところはそうじゃないかも」
「そうだろう」
「積極的に男の味方はしなくても、消極的には男を守るように行動するってことはあるな。今回なんてまさにそれだよ」
「どうする?」
俺は質問したが、桐山もどうしたら良いのかわからないようだった。
その時、桐山が小さく声を発した。
「隠れろ」
俺と桐山は素早く物陰に隠れた。
「杉本だ」
桐山が小声で言った。
俺は歩いてきた男を見た。確かに写真で見た杉本だった。色白でひょろっとした陰気な男だ。
杉本はそのままマンションに入っていた。
「いま帰ってきたってことは、桜川を閉じ込めてるところから帰ってきたってことかな?」
俺が言った。
「おそらくな。でも、杉本が帰ってきたってことは、今度こそこのままここで張り込めば次に出かけた時に、桜川の居所がわかるぞ」
「そうだな。でも、本当に桜川は杉本が拉致して監禁してるのかな?」
俺はいまさらながら思った。そうだと思っているのは俺たちの勝手な推測かもしれないのだ。
「絶対そうだよ。俺にはわかる」
と桐山は自信ありげに言った。