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第105話 暴力彼氏⑪

「マスクとかしたほういいかな?」

 俺は桐山に訊いた。

「いや、とりあえずはいいんじゃないか。窓から部屋の中を確認してくるだけだし」

「オッケー、じゃあ、行ってくる」

 俺はそう言って、マンションを見上げた。

 杉本の自宅は三階である。そのすぐ下の一階と二階は幸い灯りは点いていない。

 俺は周りを確認した。

 桐山も周りを見ている。

「俺が見張っておくから。よし、いまなら誰いないからいいぞ」

 桐山が言ったのを合図に、俺はマンションの一階のベランダによじ登った。

 こんなことをするのはもちろん初めてだが、体が軽い。あっさりとベランダに足ををかけることができた。以前の俺ならこんなことはできなかっただろうから、やはり珍宝院のおかげで喧嘩だけではなく、体の機能全部が向上しているのだろう。

 俺はボルダリングのような感じで、マンションの壁面を三階へと上がった。

 そして、三階のベランダに手をかけた時、そっと顔を出して中の様子を見てみた。

 部屋の中には灯りが点いている。

 俺が隙間から部屋の様子を見ると、その部屋には寝ころんでいる杉本の姿が見えた。杉本はテレビを観ていた。

 俺はベランダ伝いに横に移動し、別の窓から中を見た。その部屋は灯りは点いていないが、目を凝らせば中は見える。

 すると、そこには縛られた桜川がいた。

 桜川は手足を縛られた状態で、寝転がっていた。

 俺はその姿を見た瞬間、ホッとした。そしてそのすぐ後には激しい怒りが込み上げてきた。

 俺はこのまま乗り込んでいきたいと思ったが、マスクもマントもつけていないので、気持ちを抑えて、一度下へと降りた。

「どうだった?」

 俺が降りるとすぐに桐山が訊いてきた。

「いた。桜川が縛られて」

「やっぱりか」

「俺はあいつが許せないよ」

 俺は怒りの感情が湧き出た。

「よし、じゃあ、桜川を救出だな」

 俺はマスクとマントをつけた。

「あいつ、ボコボコにしてやるぜ」

 俺は完全にやる気になっていた。

「もう桜川を監禁してるとわかったら、正面突破と行きたいところだけど、おそらくエントランスには防犯カメラがあるだろうから、それはやめておこう」

 と桐山は冷静に言った。

「じゃあ、どうするんだ?」

「また壁を上がって、ベランダから侵入しよう」

「でも、鍵がかかってるんじゃないか?」

「そんなのこうなったら割って入ればいいよ」

 と桐山にしては珍しく強引な手法だ。

「それもそうだな。よし、行ってくる」

 俺はすぐにまた壁をよじ登った。

 もう杉本がいる部屋や桜川が監禁されている部屋はわかっている。

 俺はまず杉本のいる部屋に向かった。とりあえずは桜川をこんな目に遭わせた杉本をボコボコにしないと気が済まない。

 俺は杉本がいる部屋のベランダに降り立った。

 杉本は俺が来たことにまったく気付いていないみたいだ。テレビを観ている姿勢のままだ。

 俺は窓に手をかけた。そして少し力を入れてみたが、やはり鍵はかかっていた。

 それじゃあとばかりに、俺は窓ガラスを思い切り蹴飛ばした。

 バリーン!

 大きな音がして、窓ガラスは砕け穴が開いた。その穴から手を突っ込み鍵をはずして窓を開けた。

 部屋の杉本は何事かと飛び上がっていた。

 俺はそのまま部屋の中へと踏み込んだ。

「な、なんだ! あんた誰だよ!」

 杉本が驚いて大きな声で言った。

 マスクとマントの男が突然ベランダから入ってきたらそりゃ驚くよね。

 そこに杉本の母親らしき女も来た。中年太りのおばちゃんだ。

「俺は正義の味方タカシマンだ! お前ら許さん!」

 俺はそう言うと、呆然としている杉本に一気に踏み込んで、思いきりパンチを顔面に叩き込んだ。

 ボコッと鈍い音がして、杉本の軽いそうな体は壁まで飛ばされた。

 そして人形のように崩れ落ちた。

「ギャー!」

 杉本の母親らしき女が喚いた。

 俺はその女の腹に蹴りを入れた。

 女は息を詰まらせてすぐに静かになった。さすがに本気で蹴ることはしなかったので、息を詰まらせて蹲る程度だ。

 勝負はあっさりついた。

 ボコボコにしてやると意気込んでいたが、こっちが強すぎてあまりにすぐに終わってしまった。

 俺はすぐに隣の部屋へと移動した。

 異変に気づいた桜川は体を起こして不安そうな顔をしていた。

「俺だ。助けに来た」

 俺がそう言うと、桜川はすぐに状況が飲み込めたようだ。

「ありがとう」

 桜川を縛っている縄を俺は素早く解いた。

「大丈夫か?」

「うん」

 そう言う桜川の全身を見たが、特にケガとかはしていないようだ。

「歩けるか?」

「歩けるわ」

 そう言って桜川は立ち上がったら、さすがに少しふらついていた。

「大丈夫か?」

 俺はもう一度確認した。

「ええ、だ、大丈夫よ。しばらく立ってなかったから、ちょっとフラフラするけど、なんとか」

 桜川は体をほぐすように動かした。

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