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第106話 暴力彼氏⑫

「とにかくここから出よう」

 俺が言った。

「そうね。あ、ちょっと待って」

 桜川はそう言うと、隣の杉本と母親が倒れている部屋へ向かった。

「どうしたの?」

「私のスマホとかあるはずなの」

 と桜川が言った。

 そして、杉本の倒れている部屋からカバンを持ってきた。

「あったわ」

「よし、じゃあ、急ごう」

 俺はそう言って桜川を玄関に連れて行った。

「下に桐山がいるから」

「うん、わかった。タカシ君はどうするの?」

「俺はまた窓から降りるよ」

 俺はせっかく防犯カメラに映らないように窓から来たので、また窓から戻ることにした。

 桜川は幸い一人で歩けるようだ。

 桜川はすぐに玄関を出て行った。

 俺は部屋に戻ると、倒れている二人の様子を見た。

 杉本はぐったりと壁にもたれるようにして倒れている。

 強く顔面を殴ったので、顔は陥没していた。そして鼻や口からは血が流れていた。しかし、わずかに体が動いていたので、死んではいないようだ。

 母親の方は息苦しそうに呻いて蹲っている。

 そんな二人を横目に見ながら入ってきた窓から、外へ出てマンションの壁を伝って下へと降りた。

 マンションの敷地に人気はない。おそらく誰にも見られていないだろう。

 俺が下へ降りると、桐山がすぐに近づいてきた。

「どうだった?」

「桜川は助けた。降りてくるはずだからエントランスに行ってくれ」

 俺がそう言うと、桐山はすぐにエントランスへと向かって走った。

 俺はさっきまでいた三階の部屋を改めて眺めた。

 杉本はいったいなんのために桜川を監禁してたのだろうと考えた。

 見た感じでは、桜川は乱暴なことをされた様子もなかった。ただ逃げないように縛られていただけだ。

 杉本はどうしてそんなことをする必要があったのか?

 精神的に少しおかしいところがあるにしても、そんなことをするにはなにか目的があるはずだ。

 それがなんなのかまったくわからない。

 それにあの母親は、自分の息子があんなことをしていることに対して、どう思っていたのだろうか?

 もっともあの中年の女が杉本の母親とは限らないが。

 そんなことを考えていると、桐山と桜川が来た。

「とりあえずこの場から離れよう」

 桐山はそう言って、歩き出した。

 俺と桜川もそれに続いた。

 通りまで歩き、タクシーを拾った。そして、そのまま桐山の家に向かった。

 タクシーの中では三人とも黙っていた。

 桜川は自宅に連絡をしていた。しばらくやり取りをしていたが、適当な理由をつけて誤魔化していた。

 桐山の家に着くと、やっと息ができるようになった気分だった。

「とにかく無事で良かったよ」

 桐山が第一声を発した。

「そうだな。なにもされなかったよな?」

 俺は桜川に訊いた。

「うん。縛られて監禁されてただけ。特に暴力的なことはなかったわ」

 と桜川が言った。

「それで、いったいなにがあったんだ?」

 桐山が訊いた。

「杉本の自宅の周辺を調べてたら、突然杉本が現れてなにか変なものを嗅がされたの。それで意識がなくなって、気が付いたらあの部屋に閉じ込められてたの」

 と桜川は説明した。

「それって、よくある口元を後ろからハンカチでガッと抑えるやつか?」

「そう、あんな感じ」

「あんなのホントにあるんだな」

「私も初めてだからびっくりしたわ。と言ってもすぐに気を失ったから、その時はなにもわからなかったんだけどね」

「それで、結局桜川を監禁して、あいつはどうするつもりだったんだ?」

 桐山が訊いた。

「殺すつもりだったみたい」

 桜川の答えに、俺と桐山は顔を見合わせた。

「殺すつもり! なんでだよ?」

 俺は思わず声が大きくなった。

「杉本は私にはなにも話さなかったけど、母親にいろいろ話していたの」

「母親ってあの一緒にいた中年の女だな?」

 やはりあれは母親だ。

「そう。私を監禁してた隣の部屋で、二人がいろいろと話をしてるのを聞いたんだけど、私がいろいろと調べてるのが気に入らないから殺すって」

「それって、あまりに極端だな。それだけの理由で殺すのか」

 俺は杉本が異常な奴だとは思っていたけど、そこまで異常だとは思わなかった。

「でも、そんな中でよく正気でいられたな」

 桐山が感心したように言った。

 確かにいまも桜川はあまり精神的なダメージがないようだ。

「私って推理小説が好きだって言ったことあるでしょう。だから、私は自分がそういう小説の主人公になったつもりでいるようにしたの。そうしたらなんか逆に楽しめるというか。もちろん怖かったけどね」

 と桜川は言うのだが、それだけで恐怖に負けずにいられるというのは、さすがに素養があるのだろう。

「そういや前に闇金に捕まった時もわりに平気そうだったな」

「あれがあったから少し慣れてたのもあるのかもね」

 桜川はあっけらかんと言うのだった。

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