「でも、殺すとなるとだいぶ話が違うよな」
桐山が言った。
確かにそうだ。殺す目的で捕まえられたとなると、想像するだけでも恐ろしい。
「そうなんだけど、すぐに殺されることはないって思ったの」
と桜川が言う。
「と言うと?」
「杉本のお母さんが絶対に殺しちゃダメだって言ってたし、杉本自身もそれに従っていた感じだったから」
「そうだとすると、杉本は先々どうするつもりだったんだろう? だって一生監禁しておくわけにもいかないだろう?」
「うん。それは杉本も困ってたんだと思う。初めは殺すつもりで捕まえたから、それで良かったんだろうけどね。でも、それは母親にとめられてやめることにしたけど、逃がすとなると自分たちの身が危ないしって感じで」
「そりゃそうだな。放したら警察に行くだろうからな」
「だから、結局どうしたらいいのかわからず、とりあえず監禁しておくしかなかったって感じだったの。私としては、そんな感じだからそのうち逃げるチャンスができると思って待ってたの。それに縛られてはいたけど、母親の方がなにかと気を遣ってトイレとか食べ物とかいろいろと世話してくれてたから、案外苦痛はすくなかったの」
桜川はそう言うが、縛られていたのだから苦痛がないわけがない。
ただ、想像するよりも楽だったってことだろう。
「ところで、他になにか話してたことない?」
と桐山が訊いた。
「それなんだけど、実は杉本の父親は昔、鈴木さんと不倫関係だったみたいなの」
「えっ? 杉本の父親が鈴木幸恵と不倫!」
俺と桐山は驚いた。
まったく予想していない話だった。
「鈴木さんは単に遊びだったみたいなんだけど、それが原因で杉本の両親がもめて父親は家を出ていったみたいなの」
「そうなんだ。そんなことがあったんだな」
鈴木幸恵は確かに年齢的には杉本よりも父親の方に近いだろうから、むしろその方が恋愛としたら自然なのかもしれない。
「それを恨んだ杉本が復讐のために鈴木さんに近づいたみたいなの」
「そうだったのか。杉本としては家庭崩壊の原因になった女に対する復讐ってことだったんだな」
「そういうこと。それで杉本は鈴木さんにうまく近づいて同棲して、鈴木さんの人生をめちゃくちゃにしてやろうって思ってやってたみたい」
「なんだか複雑だな」
俺は話を聞きながら、自分たちはいったいどの方向を向いたらいいのかわからなくなっていた。
「元々は鈴木幸恵を同棲相手から助けるって話だったのに、その原因が鈴木幸恵にあったとなると、悪いのは誰だ?」
俺は二人に訊いた。
「それは、もちろん杉本じゃないか」
と桐山は言った。
「なんでだ?」
「だって、不倫を確かに良くはないにしても、一人で不倫はできないわけだ。つまり杉本の父親だって悪いだろ。それなのに鈴木幸恵だけを責めるってのは、ちょっと違うと思うけどな」
と桐山は論理的に話した。
「私もそう思うわ。鈴木さんは間違ったことをしたんだろうけど、男女のことはそんなに単純じゃないわよ」
桜川もそんな感じだった。
「でも、鈴木幸恵は遊びだったんだろう? そんな遊びで一つの家庭を壊すようなことをするのはどうなんだ?」
俺は二人の話は理解はできたが納得はできなかった。
「鈴木さんが遊びだったかどうかなんてわからないわ。杉本や母親はそう思っているみたいだけど、鈴木さんがどう思ってたかなんて、本人にしかわからないんだし」
と桜川が言った。
「そうか。俺はやっぱりなんだか納得できないというか、スッキリしないなぁ」
俺はやはり納得できなかった。
「お前が納得できなくても、杉本が悪い奴であることは確かだよ。桜川を殺そうとしたんだし。監禁は実際にしてたわけだしな。そんな奴が普通に街中をウロウロしてるのって怖いだろ」
桐山の言うのももっともだと思った。
俺は少し考えすぎてたのかもしれない。
「ところで杉本はどうなったんだ?」
と桐山が訊いてきた。
「顔面を陥没するぐらい殴ったから、しばらく入院だろうな」
俺が言った。
「じゃあ、当面は鈴木幸恵は安全ってことか」
「そうだな」
「だけど、杉本が退院してきたらどうするのかだな」
「そうだよ。退院してきて、また鈴木幸恵のところに行くということは十分あり得るし、鈴木幸恵も受け入れる可能性は高いだろう」
俺と桐山は、鈴木幸恵が男の暴力に悩んでいると同時に、杉本をかばうような行動をしていたことを知っている。
「そうかしら? さすがに鈴木さんももう受け入れないんじゃない?」
と桜川は言った。
俺と桐山は、桜川が監禁されていた時にあったことを話した。
「つまりタカシ君と桐山君は鈴木さんが彼の味方だって思うのね?」
「いや、味方と思ってるんじゃない。ただ、別れたいと言いながらも、心の奥にはそうじゃない部分もあるんだろうってことが言いたいんだ」
と桐山は説明した。
「それだから、本気で別れようとしないじゃないのか? 本当に心底別れたいと思ってたら、どうにでもできるはずだよ」
と桐山はさらに言った。
「そうかもしれないけど……」
桜川は同意しかねるようだ。