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第109話 先輩①

 鈴木幸恵の件がとりあえず解決して、またいつものバイト生活になっていた。

 俺は以前に珍宝院に言われた「正義の味方に飽きている」という言葉が引っかかっていた。

 引っかかるのは、要するに自分自身そう思っているからだ。

 ハッキリ言って飽きているというのは否定できない。

 今回桜川が拉致されたことで、自分の中に火がついたところはあったが、終わってみたらやっぱりやる気がなくなっている自分がいた。

 それにしても、女の考えていることはわからない。

 鈴木幸恵は結局は暴力を振るうような男でも好きだったということだろう。

 それが俺にはまったく理解できなかった。

 俺たちの前では別れられなくて困っているよう感じで話していたのに、終わってみたらこれである。

 バイトの帰り、珍宝院が現れた。

 いつものボロい着物姿だ。下駄もかなり古びている。

「相も変わらず悩んでおるの」

 珍宝院は俺がなにも言う前にそう言った。なんでもわかっているのだ。

「悩んでいるというか、わからないんですよ」

「お前は恋愛の経験がないからの」

「そんなにはっきり言わなくても……」

 確かに俺は恋愛の経験がない。恋はしたことがあるが誰とも付き合ったことはないのだ。これはコンプレックスなので触れられたくない。

「桜川ちゅう子のことが好きなら、もっとアピールしたらどうじゃ?」

「いや、でも、相手はその気がないみたいだし」

「そんなこと言ってるからダメなんじゃ。男の方が積極的に行かんと恋愛は成立せんぞ」

「そうなんですかね?」

「そうじゃ。お前はそんなこともわからんのか。まぁ、桐山もわかっていないようじゃがな」

「あいつも恋愛経験はないですから」

「まったく、お前らはもっとガツガツしてもいいのに、ゲームとかにうつつを抜かしてばかりじゃの」

「は、はぁ」

 いったいなんの説教だ?

 なんでこのタイミングで年寄りの説教を聞かないといけないんだ。

「おい、年寄りの説教とは違うぞ」

 珍宝院にはお見通しだ。

「あ、いや、そんなつもりじゃ……」

「わしは、普通の年寄りじゃないぞ」

「それは十分わかってます」

 普通じゃないのは見ただけでわかるよ。

「まぁ、ええわ。ところで、今日来たのはお前のやる気が出るようにと思ってな」

「やる気が出る?」

「そうじゃ。いまからある奴を紹介してやる」

 珍宝院は突然そんなことを言いだした。

 俺はバイトから帰ったら家でゲームをするつもりだったのにと思った。

「ゲームなんかよりも刺激的じゃ」

 珍宝院に言われてしまった。

「なんですか? 俺、バイト終わりで疲れてるんですけど……」

 俺は正直なところ面倒くさい。

「ついて来い」

 珍宝院はそう言って歩き出した。

 俺は仕方なしについて行った。

 考えてみたら、珍宝院がこんなことを言うのは初めてだ。いったい誰を紹介するというのだろうか?

 珍宝院は一人、ドンドン先に行く。そしてビルの間の細い路地に入っていった。

 周りはすでに日が暮れて暗いので、路地なんかはかなり暗いし、不気味だ。

「あのう、いったいどこに行くんですか?」

 俺は不安になってきて訊いた。

「金満寺じゃ」

 珍宝院は言った。

 金満寺とは珍宝院と出会ったところだ。

 そう言えばもう長い間行っていない。

「でも、金満寺に行くんだったら、駅はあっちですけど」

「いいんじゃ。わしは電車は使わん」

「は、はぁ」

 電車は使わんって、いったいどうするつもりだ?

 金満寺までは歩ける距離でもないし、どこかに車でも停めてるのか?

 俺がそんなことを思っていると、路地を抜けたところに、空き地があった。

 しかし、車は停まっていない。

 すると珍宝院は手を合わせてボソボソとなにやらお経のようなものを唱えだした。

 俺はその姿が不気味であり滑稽に感じた。

 ボロボロの着物に古びた下駄。それに長いひげを伸ばした爺さんがそんなことをしている姿が、漫画のように思えたのだ。

「来た。あれで行くぞ」

 珍宝院がそう言って上を見上げた。

 それにつられるように俺も上を見ると、そこには見たことがない巨大な鴉がいた。

 セスナ機ぐらいの大きさの鴉が、バサバサと風を巻き起こしながら降りてきた。

「ヒッ、ヒィィィィィィィィィィィ。な、なんだ!!」

 俺はあまりのことに悲鳴を上げ、その場に腰が抜けて座り込んだ。

「情けないのう。大丈夫じゃ。これはわしの手下じゃ」

 珍宝院はそう言った。

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