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第110話 先輩②

「手下? 手下ってどういうことですか?」

 俺はとにかく驚いて、なにがなんだかわからなかった。

「つまり、わしの手足となって動いてくれる存在じゃ」

 珍宝院が言った。

 そう言えば、以前に大きな鴉に乗って移動しているようなことを言ってたのを記憶している。

 あの時はそれほど深く考えなかったが、本当にこんなものが存在していることが信じられなかった。

 大きな鴉は地上に降りてきてから、おとなしくしてる。

 俺ことを取って食おうという感じはなかった。

「さあ、乗るぞ」

 珍宝院はそう言うと、ひょいと飛び上がり、鴉の背中へ乗った。

「さあ、お前もいつまでも腰を抜かしておらんと乗るんじゃ」

「は、はぁ」

 俺は言われるままに、立ち上がって鴉に飛び乗った。

 鴉の背中は暖かかった。普通の鳥と変わらない感じの手触りだ。

「それじゃあ、ちゃんとつかまれよ」

 珍宝院がそう言うと、鴉はカーと一声大きく鳴くと、羽ばたいて飛び上がった。

 辺りに強い風が巻き起こり、辺りの砂埃やごみを舞い上げた。

「う、うわわわわぁぁぁ」

 鴉はドンドンと天へ舞い上がった。

「ほれ、ちゃんとつかまっとかんと落ちるぞ。ワハハ」

 珍宝院はそう言うのだが、鴉の背中のどこにつかまれというのだ。

 俺はそれでも落ちないように、必死で鳥の羽毛をつかんだ。この羽毛が剥がれたら地上に一直線だ。もうすでにビルより高い位置を飛んでいるので、つまりはあの世に一直線である。

 俺はバイト帰りになんでこんなことになるんだと思いながら、必死でつかまっていた。

 それでもしばらくするとだいぶ慣れてきた。

 それに意外と揺れはなかった。

 俺は周りの見渡した。

 街の明かりが小さく見える。夜景がきれいだと思うぐらいの余裕も出てきた。

「あの、この大きな鴉ってなんて名前なんですか?」

 俺は訊いた。

「大鴉じゃ」

 珍宝院が答えた。

 そのままである。

「あの、この大鴉は珍宝院様が飼ってるんですか?」

「まぁ、飼ってると言ってもいいじゃろうな」

「こんな大きな鴉だったら、エサ代も大変そうですね?」

「エサ代? ワハハハ。そんなもんいらんわい。どこかで自分で探して勝手に食っとるわ」

 と珍宝院は言った。

「さて、もうそろそろ着くぞ」

 珍宝院がそう言ったので、俺は下を見てみたが、それがどの辺りなのかまったくわからなかった。

 明かりはポツポツあるが全体的には暗い。

 山だから暗いのは仕方がないが、本当にちゃんと金満寺に着くのだろうか?

 珍宝院は特に鴉に命令している様子もない。鴉が勝手に飛んでいるだけだ。

 そんなことを思っていると、鴉は高度を落としていった。

 そして、バサバサと跳ねを羽ばたかせながら、ゆっくりと地上に降りた。

 そこは確かに見覚えのある金満寺の境内だった。

「さあ、降りるぞ」

 そう言って珍宝院は大鴉から飛び降りた。

 俺もそれに続いた。

 俺と珍宝院が降りると、鴉はまた羽ばたいて勝手にどこか夜空に飛んでいった。

 俺はその姿を見ながら、夢を見ているのではないかと頬をつねってみた。しかし、しっかり痛かった。

 しかし、考えてみたらこのジジイのおしっこを飲むだけで強くなるのも嘘みたいな話なわけだし、大きな鴉に乗って移動するようなことがあってもいいのかもしれない。

「おい、リュウヘイ。出てこい」

 珍宝院が人を呼んだ。

 すると、金満寺の扉が開いて、中年の男が出てきた。

「なんだよ、うるせえな」

 男は面倒くさそうにそう言った。

「まったくその態度は改めんか」

 珍宝院は怒った。

「寝てたんだよ」

 リュウヘイと呼ばれた男はそう言ってあくびをした。

「おい、こいつがタカシじゃ」

 珍宝院は俺のことをリュウヘイに雑に紹介した。

「へぇ、あんたがタカシか。俺はリュウヘイだ。まぁ、よろしくな」

「は、はぁ」

 俺はまったく意味がわからなかった。だいたいこのリュウヘイは何者なんだ?

「おい、タカシ。このリュウヘイはお前の先輩じゃ」

 と珍宝院は言う。

「先輩?」

「そうじゃ。お前の前にわしの特製薬を飲んで強くなった男じゃ」

「え、そんな人いたんですか?」

「いたんじゃ。まぁ、こんな態度じゃから、わしは弟子とは認めたくないんじゃがな」

 珍宝院がそう言うと、

「俺はジジイの弟子になったつもりはねえよ。それになにが特製薬だ。あんたの小便じゃねえかよ」

 とリュウヘイはすぐに言った。そして、

「あんたもジジイにそそのかされて小便飲んだんだな?」

 と俺に訊いてきた。

「は、はい、そう、です」

 俺は急な展開に戸惑っていた。

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