「あんたはそのジジイをどう思ってるんだ?」
とリュウヘイは訊いてきた。
「どうと言われても……」
俺は答えに困った。一言では言えない。
「ひょっとして尊敬してたりするのか?」
「尊敬ということは……ハハハ」
俺は思わずそう返した。
感謝の念はあるが尊敬しているという感じではない。
「タカシ、お前はわしのことを尊敬していないのか?」
珍宝院が横から口を挟んだ。
「いや、ハハハ。尊敬してないわけじゃないんですけど、なんか、ちょっと違うような」
俺は頭を掻いた。
「そうか。そんなジジイのことを間違っても尊敬するなよ。俺なんてそのジジイのせいで人生がめちゃくちゃだ」
リュウヘイは吐き捨てるように言った。
「こらこら」
珍宝院が言った。
「人生がめちゃくちゃというのは、どういうことですか?」
「それは、そのジジイと出会ったせいで、こんな野人のような生活をする羽目になったってことだ」
そう言うリュウヘイの姿は確かに野人と言うのにふさわしかった。髭は雑に伸びているし、髪の毛はバサバサだ。それなのになぜかスーツにネクタイ姿である。しかし、そのスーツは洗濯をしていないのか薄汚れていた。
「出会ったせいでって、お前が望んだことじゃろが」
珍宝院がそう言いながら階段に腰を降ろした。
「確かに望んだよ。俺は自分の人生に嫌気がさしていたしな。だけど、まさかこんなことになるとはな。あんたはわかってたはずだ。俺がこういう風になる未来をな。それなのに俺に小便を飲ませたんだ」
リュウヘイはどうやら俺と同じような過去があるみたいだ。
「あのう、人生に嫌気がさしてってことですけど、詳しく聞かせてもらえませんか?」
俺はリュウヘイの過去に興味が出た。
「ああ、いいぜ。時間もあるしな。俺は元々オタクでな、ゲームやアニメ好きの地味な男だったんだよ。である時、変な連中に絡まれてな。好きなアニメの限定グッズを買いに行く途中だったんだけど、持ってた金を全部そいつらに奪われたんだ」
なんか俺と似たようなタイプのようだな。自分の話を聞いているみたいだ。
「それで俺は落ち込んでさ、金はなくなるし、限定グッズは買えないしで、なんか急に人生がバカバカしくなってな。それでどこに行くともなくフラフラとしてたら金満寺にたまたま来たんだ」
「それで、金満寺で珍宝院に会って、喧嘩が強くなる薬ということでビンをもらって飲んだってことですか?」
俺はリュウヘイの話を続きを言った。
「そうだ。それがわかるってことは、あんたも同じことがあったんだな」
「そうです。俺も喧嘩が強くなりたいと思ってたんです」
「お前ら二人とも願い通り強くなったんじゃから、良かったじゃろ」
珍宝院が言った。
「ふん、なにが良かっただ。ちっとも良くねえよ」
とリュウヘイ。
「あの、なにが良くなかったんですか?」
俺はリュウヘイがなにをそんなに不満に思っているのかわからなかった。
俺なんかはむしろ珍宝院のおかげで生活が良い方に激変しているので、不満なんてものはなかった。
「あんたは珍宝院と出会ってどれぐらいだ?」
「半年ぐらいだと思います」
「それだからわからないんだよ。しかし、時間がたつごとにどんどん一般人から感覚がずれて行くんだ。そして気が付いた時にはもう普通の人間としてまともに社会生活が送れなくなるんだよ」
「は、はぁ」
俺はそう言われもいまいちピンと来なかった。
「あのう、質問なんですけど、友達はいますか?」
「嫌なこと訊くんだな。友達なんかいねえよ」
とリュウヘイはぶっきらぼうに答えた。
「いや、正確にはいたんだが、徐々にその友達とは離れて行くことになった。あんたもいまは友達がいるかもしれねえけど、その友達とも離れることになると思っていたほうがいいぞ」
とリュウヘイは付け加えるように言った。
「それはお前の性格の問題じゃろ」
珍宝院が言った。
「うるせえ。あんたなら俺の性格もわかった上だろ。こうなることがわかっててやったんだ」
「お前はなにもわかっておらんの。自分の状態をどう思うかは自分次第じゃ。悪いと思えば悪く思えるし、良いと思えばよいと思えるんじゃ」
「はいはい。そういう説教は聞き飽きたぜ。友達もいない、家族とも離れ離れ、仕事もできない。この状態をどう良いように思えってんだ」
リュウヘイは吐き捨てた。
「あのう……。ところでどうしてスーツ姿んなんですか?」
俺はそんな生活をしている人がなぜそんな恰好なのかが気になった。
「ああ、これは昔の名残だよ。俺はもともと普通にサラリーマンをやってたからな。いたって真面目な社会人だったんだよ」
「でも、いまは違うんですよね。着替えた方がいいんじゃないんですか?」
「あのな、これを着てないと、俺は本当に社会と断絶した人間になってしまうだろ。だから俺はスーツをずっと着てるんだよ」
とリュウヘイはよくわからない理屈を言った。