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第112話 先輩④

「あのう、ところで俺をこの人に紹介したのはなにか理由があるんですか?」

 俺は珍宝院に訊いた。

「もちろんあるわい。お前のやる気を出せさてやろうと思ってな」

 と珍宝院は言う。

「やる気?」

 確かに珍宝院は俺が最近飽きてきてやる気がなくなっていると言っていた。それは事実だ。

 しかし、この変な中年男と会うことに意味あるのだろうか?

 リュウヘイは俺の先輩というのはわかったが、だからと言って俺のやる気が出るとも思えない。いや、むしろリュウヘイの態度からしたらやる気がなくなりそうだ。

「おい、リュウヘイ。お前、こいつに勝てるか?」

 珍宝院が俺の方を指さして言った。

「勝てるもなにもねえよ。バカバカしい」

 リュウヘイは面倒くさそうに言った。

「つまり余裕で勝てるってことじゃな」

 と珍宝院。

「まぁ、悪いが俺の方があんたとの付き合いが長いからな」

 リュウヘイは俺に勝てるのは当たり前という感じだった。

 俺はその態度にカチンときた。

 以前の俺なら絶対にそういうことはなかっただろう。こんなことにカチンとくるようになったのは、自分自身強くなったという自覚があるからだ。

 俺は元々弱かったけど、いまは違うんだ。

 リュウヘイが俺と同じように強くなっているにしても、そう簡単に負けるとは思えない。

 それなのに、リュウヘイはまったくそうは思っていないようだ。

「じゃあ、ちょっとやってみるんじゃ。どっちからかかっていってもええぞ」

 珍宝院はそう言って俺とリュウヘイを交互に見た。

「アホらしい。なんでそんな意味もない戦いをしないといけねえんだよ」

 リュウヘイはやる気がないようだ。

「お前は本当にわしの言うことを聞かんのう。じゃあ、タカシ。お前がから攻撃しろ。遠慮はいらん。思い切りやっていいぞ」

 珍宝院はあきれた調子でそう言った。

 思い切りって、さすがに俺が思い切りやるのはマズいんじゃないの?

 しかし、俺としてはリュウヘイの態度が気に入らない。

 ここは一つリュウヘイを殴り倒して態度を改めさせてやるか。

 俺はやる気なく突っ立っているリュウヘイに向かって飛び掛かった。そして、右のパンチを顔面に向けて放った。

 俺の拳がリュウヘイの鼻を捉えようとした時、リュウヘイはあっさりと顔を横にずらしてかわした。

 俺の拳は空を切った。

 そしてそのままバランスを崩したところに、リュウヘイのパンチが俺の腹に刺さった。

「ウグッ!」

 俺は一瞬で息が詰まった。

 そしてそのままその場にうずくまった。

「なんだ、もう終わりか」

 リュウヘイはつまらなそうに言った。

「こらこら、タカシ。そんなに簡単にやられてどうするんじゃ。もっと頑張らんか」

 珍宝院に言われて、俺はなんとか立ち上がった。

 しかし、息はまだ詰まっている。

 俺はこの状況が信じられなかった。

 なにが起こったのかもあまり理解できない。

 さっき俺が放ったパンチは、普通ならリュウヘイの鼻に食い込んでいるはずだ。

 それなのに、リュウヘイは間際まで動かずにいて、当たると思った瞬間にかわした。

 それだけリュウヘイの動きが早いということだ。

 しかし、俺も力を抜いたわけではない。本気パンチを出したのだ。だから、パンチの速さは一般人のものと比べてもかなりの速さのはずである。いや、一般人どころかプロボクサーと比べても俺のパンチの方が速いはずだ。

「タカシよ。しっかりせい」

 俺がボーっとしていると珍宝院が言った。

「あ、はい」

 俺は構えなおした。そして、リュウヘイに対した。

 リュウヘイは面倒くさそうに、小指で耳を搔いている。

 リュウヘイは見た感じは俺とそんなに違わない体つきだ。身長や体重は似たようなものだろう。元々喧嘩が強かったということもなさそうだ。

 しかし、リュウヘイも俺と同じで珍宝院のおしっこを飲んで強くなっているのだ。

 だけど、考えてみたら同じ方法で強くなったのなら、勝てないことはないはずだ。

 俺はそう自分に言い聞かせて、また同じように右のパンチを放った。しかし、今度は右のパンチはフェイントで、パンチの後にすぐ右の蹴りをリュウヘイの腹めがけて出した。

 するとリュウヘイは、フェイントにはまったく引っかからず、くるっと体を回転さて蹴りを避けた。

 そして、その回転を使って、そのまま一周回転し、俺の顔面にバックハンドブローを叩きこんだ。

「グワッ!!」

 俺は痛みというよりも、意識が遠のく感じでその場に棒切れのように倒れた。

 なんて速さだ。

 俺のパンチやキックも速いはずだけど、それよりも速い。

 いままで相手のパンチがゆっくりに見えたのに、リュウヘイのパンチは普通に速かった。

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