「おい、ジジイ。どうすんだ? タカシって奴はもう無理だと思うぞ」
俺は倒れた状態でリュウヘイの言葉を聞いた。しかし意識は遠い。
リュウヘイの言うように俺は無理そうだった。
俺はあっさりとやられたことで悔しかった。強くなって以来、やられるなんてことがなかったのだ。
それなのにリュウヘイを相手にすると、まるで昔の自分に戻ってしまったようだ。
「タカシ、立つんじゃ」
珍宝院がそう言うのだが、俺の体は動かなかった。
「リュウヘイ。起こしてやれ」
「はいよ。よいこらしょ」
俺はリュウヘイに起こされた。そして、頬をパチパチと叩かれて
やっと意識がハッキリと戻った。
「大丈夫かよ」
リュウヘイに言われた。
「あ、ああ、大丈夫なようです」
とは言うものの、殴られたところはいまになってズキズキと痛んだ。
「それにしても、まったく敵わなかった。なんでなんですか?」
俺はリュウヘイに訊いた。
「さぁな、ジジイの小便を飲んでる期間の問題なのか、元々の素質なのか、俺にもわからんよ。だけど、あんたの動きは俺にはゆっくり見えた」
とリュウヘイは答えた。
「ひょっとしておしっこの効果が切れてるのかも」
俺はその可能性が高いと思った。それならリュウヘイにやられても当然だ。
「そんなことないわい。まだ効果は持続しとる。もし効果が完全に切れてたら、お前は死んでおるぞ」
珍宝院が言った。
「でも、それならどうしてこんなに力に差があるんですか?」
「リュウヘイも言ったが特製薬を飲んでる期間の違いはあるの。リュウヘイはもう十五年は飲んどるわい。それと格闘技の訓練をお前はしたことがない。じゃがリュウヘイは訓練をしてたからの」
と珍宝院が答えた。
「おいおい、だから特製薬じゃなくてあんたの小便だろうが。それに格闘技の訓練って言っても、お前が俺を一方的にボコボコのおもちゃにしただけだろ」
リュウヘイは不満そうに言った。
「なにを言っとるんじゃ。まったくお前はなにもわかっとらん。いまのお前があるのはわしのおかげじゃろ。ちっとは感謝せい」
珍宝院はリュウヘイに怒った。
「やかましい、ジジイ。いまの俺なんてなんの価値もねえよ。こんなところでホームレスみたいに暮らしてるんだからな」
「なにを言うか。お前がわしに泣きついてきた時のことを思い出せ」
「泣きついてなんていねえよ。勝手に思い出を改ざんするな」
「なにを言っとるか、お前はヤンキーにカツアゲされたって泣いておったじゃないか」
「おいおい、泣くわけねえだろ。確かにあの時は俺はしょげてはいたけど、泣いてはいない」
「あ、あのう、泣いてたかどうかはともかく、それで俺はどうしたら?」
俺は二人のやり取りがいつまでも続きそうなので、会話に割って入った。
「ああ、そうじゃったな。タカシよ。お前はリュウヘイにまったく歯が立たなかったことに対してどう思う?」
と珍宝院。
「どうって、悔しいですよ。それは」
「もっと強くなりたいか?」
「もちろんなりたいですよ」
俺としては当然だった。
「おい、待て。慌てるな。なにも急いで返事をすることないぞ。もっとよく考えろ」
と今度はリュウヘイが横から口を出した。
「やかましい。お前は黙っておれ」
「いいか、この俺を見ろ。さっきもちょっと言ったけど、いまの調子でどんどん深みにはまると、元の生活に戻れなくなるぞ。それでもいいのか?」
珍宝院が止めたが、リュウヘイは関係なく話した。
「だから、それはお前の問題じゃ。お前のその性格が社会復帰を無理にしたんじゃろ」
「なんだよ、それは。俺が全面的に悪いってのか?」
「お前は物事の悪い面しか見んから、そういう風に思うんじゃ」
「こんな生活のどこに良い面があるってんだよ。俺の人生を返してくれ」
リュウヘイがかなり後悔していることはよく理解できた。
確か珍宝院は俺にやる気を出させるためとか言ってたように思うが、このリュウヘイの態度や話では、むしろやる気がなくなりそうだ。
「人生は後戻りできん。いまの人生を味わうしかないんじゃ」
「チクショウ! あんたに出会ってホント散々だよ」
リュウヘイは心底後悔しているようだった。
しかし、俺からするとそんなに後悔する理由がわからなかった。俺はいまのところまったく後悔するような状況にはないからだ。
「いいか、タカシ。物事はどんなことでも必ず良い面もあれば悪い面もある。良い面が見えないようでは、なにをやっても、どんな状態になっても一生不幸なままじゃ。わかるか?」
珍宝院は俺の思ったことがわかったのだろう。俺に向かってそう言った。
「は、はぁ、わかるような気はします」
俺がそう言うと、
「おいおい、ジジイの口車に騙されるなよ」
とリュウヘイが言った。