「さて、タカシよ。お前もさらなる高みを目指さんといかん」
珍宝院は改まって言った。
「おい、気をつけろよ」
リュウヘイが横から言った。
「高みですか?」
おれは意味がわからなかった。
「そうじゃ。お前は確かに以前に比べて強くはなった。しかし、強くなったと言っても、いま経験したようにリュウヘイにあっさりとやられるような程度じゃ」
「そ、そうですね」
「お前はその程度で満足か?」
珍宝院の質問は、答えを知ったうえでしてきているような感じだ。
「いえ、満足ではないないです」
俺は答えた。
「おいおい、満足しておけよ。いまでもあんたは十分強いんだから」
リュウヘイがまた横から口を挟んでくる。
「やかましい。お前はしばらく黙っとれ」
珍宝院はそう言うと、リュウヘイに人差し指と中指を突き出すようにした。
するとリュウヘイは体が硬直したようになって動かなくなった。
「ええっ、いったいどうなってるんですか?」
俺が驚いて訊くと、
「なぁに、催眠術みたいなもんじゃ。これでしばらくこいつは動くこともしゃべることも出来ん」
と珍宝院が言った。
「そ、そんなこともできるんですか?」
「こんなもの簡単じゃ」
「そ、そうなんですね」
「ところで、お前はいまの程度で満足じゃなかったら、どうするんじゃ?」
どうすると言われても、なんと答えたら良いのか、すぐには思い浮かばなかった。
「なんじゃ、お前は自分がどうすべきかもわからんのか?」
珍宝院はあきれ気味だ。
「いや、でも、そんなこと突然訊かれてもわからないですよ」
「まったく、仕方がないのう。お前はリュウヘイよりも頭の回転でも劣っとるのう」
リュウヘイには負けたので、劣っていると言われても仕方がないが、頭の回転は特に劣っていると思わなかったので、俺としては少し不本意だった。
「頭の回転といっても、別にこんなことをすぐに答えられなくても、関係ないと思います」
俺はムッとしてそう言った。
「じゃあ、どうするんじゃ?」
珍宝院が改めて訊いてきた。
「え、ええっと、だから、そのう、もっと強くなるように訓練するとか……」
俺はおそらく珍宝院がそういう答えを求めているのだろうと考えながら、探り探りで答えた。
「ワハハ、そうか。お前も修業がしたいか。うんうん。わかった。よし、お前もリュウヘイと一緒にわしについて修業をせい」
珍宝院は満足そうにそう言うのだった。
俺はその時点で「やっぱりそうか」と思った。
珍宝院は初めからそう言わすつもりだったのだ。
「なんじゃ? 嫌なのか?」
俺が不服そうな顔をしていたのだろう。珍宝院が言った。
「いえ、嫌と言うか、なんか無理やり言わされたみたいなんですけど」
「なんでじゃ? 無理やりじゃないじゃろ。お前が自ら言ったじゃろうが」
「確かにそうですけど、誘導尋問のように思います」
「そうだとしても、お前はより強くなりたいんじゃし、どっちにしてもわしについて修業するしかないわい」
「なんでなんですか? 別に強くなるのなら、街のボクシングジムとかに行ってもいいんじゃないんですか?」
「お前は本当にアホなんじゃな。ボクシングジムに行ってもみんなお前よりも弱いわい。そんな連中になにを習うんじゃ?」
「そ、それは……」
珍宝院に言われて、確かにそうだと思った。いまの俺ならプロボクサーにも余裕で勝てるだろう。
待てよ。
それなのにリュウヘイにはまったく歯が立たなかったってことは、このリュウヘイはどれだけ強いんだ?
「とにかく、今日からお前もリュウヘイと一緒に修業するのじゃ」
「は、はぁ」
なんだかいいように言いくるめられたように思うが、リュウヘイの強さには興味があるし、俺自身ももっと強くなりたいという気持ちが出ていた。
「そうと決まったら、いまから晩飯を食うぞ。おい、リュウヘイ。動いて良いぞ」
珍宝院がそう言うと、リュウヘイは魔法が解けたように体が動くようになった。
「あーあ、あんたも修行することになったか。後悔するぞ」
リュウヘイは動けるようになったら、まずそう言った。
「なにかマズいんですか?」
俺は、リュウヘイがなぜそんなに俺に修業をさせないようにするのかがわからなかった。
「いや、あんたがいいのなら別に俺は構わないんだけどな。しかし、後悔するぞ」
「そう言えば、いまから晩飯って言ってたけど、俺は家で母親が夕食は用意してくれてるんですけど」
俺がそう言うと、
「あんた、まだわからないのかよ。もうあんたは当面家には帰れないんだよ」
とリュウヘイが言った。