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第115話 先輩⑦

「ええっ、それは困ります。バイトもあるんですよ」

 俺がそう言うと、

「そんなのこのジジイには関係ねえよ。俺だって仕事があったのに、そのまま退職することになったからな」

 とリュウヘイが言った。

「そうなんですか? そんなこと許されるんですか?」

「許されるもなにもないよ。そうなんだから仕方がない」

 リュウヘイはかなり昔のことだから、もうどうでもいいのだろう。

「ちょっといったん帰らせてください」

 俺は珍宝院に言った。

「なに言っとるんじゃ。まったく情けない。お前はそんなにそのバイトが大事なのか?」

 と珍宝院は言った。

 そんな風に聞かれると、確かにそんなに大事なバイトではないのだが、社会人としてこのまま放置するってわけにもいかない。

「そういうわけじゃないですけど、このまま黙って辞めるってのは問題あると思うんですけど」

「別に辞めんでもええよ。当分休むって連絡すればいいじゃろ」

「は、はぁ、まぁ、そうですけど。どれぐらいの期間俺はここで修行するんですか?」

「とりあえずは一年じゃ」

「ええっ!! い、一年! その間は帰れないんですか?」

「そうじゃな。ま、お前もしばらくは集中して修業したほうがええ」

 一年もバイトを休めるはずがない。

 珍宝院は当たり前のように言うが、この爺さんに常識など言っても意味がないだろう。

「諦めろ。あんたももう戻れない道に入ってんだよ」

 リュウヘイが言った。

「いや、でも、俺はやっぱり無理ですよ。とりあえず今日は帰ります」

 俺はそう言うと金満寺の出口へと向かった。

「こりゃ、待て」

 珍宝院がそう言うと、俺の脚は急に固まって動かなくなった。

「お前はわしの弟子じゃ。弟子は師匠の言うことは聞くもんじゃ」

 と珍宝院は動けなくなった俺の背中に向かって言った。

「ちょ、ちょっと、帰らせてください。明日また来ますから。絶対に」

 俺はそんな風に言いながら動かなくなった脚をなんとか動かそうとした。しかし、脚は地面に根を張ったように動かない。

「一年なんてすぐじゃ。さっさと覚悟を決めい」

「そうそう。諦めて一緒に修業しようや。俺も諦めていまがあるんだ。全然嬉しくはないけどな」

 珍宝院とリュウヘイが言った。

「嫌ですよ。勘弁してください。俺はそんなつもりで今日来たんじゃないんですよ」

 俺はバイト帰りに急に連れてこられただけなのだ。

 心の準備ってものができていない。

「心の準備とか、そんなものはあってもなくても一緒じゃ。心配するな」

 俺の心を読んだのか、珍宝院が言う。

「わ、わかりました。わかったので動けるようにしてください」

 俺はそう言った。

「うむ、それでいいのじゃ」

 珍宝院がそういった途端、いままでまったく動かなかった脚が急に動くようになった。

 その瞬間俺はダッシュで門へと向かった。

 すると、門の前に何十匹というマムシが突然ぞろぞろと現れた。そして、俺の行く手を阻んだ。

「う、うわぁぁぁぁぁ!」

 俺は急なことで腰が抜けたようにその場に倒れた。

「早く逃げんと噛まれるぞ。ワハハハ」

 珍宝院は愉快そうだ。

 俺は這う這うの体で元の場所に戻った。

「諦めろって。往生際が悪いな。このジジイに敵うわけねえだろ」

 リュウヘイはその様子を見ながら半笑いだ。

「あ、あのマムシはなんなんですか?」

「あれはわしの手下みたいなもんじゃ」

「つまりあの大鴉と一緒ってことですか?」

「まぁ、そうじゃ。とにかく晩飯を食うぞ」

 珍宝院はそう言うと本堂に入った。

「ついて来いよ」

 リュウヘイはそう言うと俺に手招きをした。

 俺は二人について本堂に入った。考えてみたらこれまで何回かこの寺に来ているが、本堂に入るのは初めてだ。

 中に入ると、仏像が置かれているがあまり物はない。

 一応掃除はされているようだ。

「じゃあ、飯の用意だ。こっちに来てくれ」

 リュウヘイは俺を連れて奥へと行った。そしてそのまま廊下を過ぎると裏口があった。

 裏口を開けて外へと出る。

「へぇ、ここってこんな造りになってたんですね」

 俺は辺りを見渡した。そこから見ていたら小さい寺だと思っていたが、奥行きは結構あった。そして裏口を出ると裏庭になっている。

「あれを捌くぞ」

 リュウヘイは裏庭にウロウロしている鶏を指さした。

「え、あれをって、鶏ですか?」

「そうだよ。あれが今晩の食材だよ」

「は、はぁ」

 俺は話は理解できたが、いまいち現実味がなかった。

 そして、俺がどうするのかとボーっとしていると、リュウヘイが素早く動いて一羽の鶏を捕まえた。そして、あっと言う間に鶏の首を折った。

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