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第116話 先輩⑧

「ゲッ!」

 俺は思わず声を出した。

 鶏肉は普段から食べているが、殺すところを見るのは初めてだ。

 食べるという以上は当然こういうことになるわけだが、実際目の前で見ると衝撃的だった。

「鶏が殺されるのを見るのは初めてか」

 リュウヘイがショックを受けている俺に言った。

「は、はい。初めてです」

「まぁ、こんなことしなくてもスーパーで買ってくりゃいいと思うんだけど、ジジイがこんなことさせるんだよ」

 とリュウヘイは面倒くさそうに言った。

「珍宝院様が? なんか意味があるんですか?」

「さぁな。それはわからんけど、野生の勘を取り戻すとかそんな感じじゃないのか。それかただ単に新鮮な肉が喰いたいかな」

 リュウヘイはそんなことを言いながら、動かなくなった鶏の首をつかんでブラブラとさせながら、こちらに来た。

「それじゃあ、これを捌くから」

 リュウヘイは鶏を俺に渡した。

 俺は鶏を受け取った。鶏はまだ温かかった。考えてみたら丸ままの鶏を触るのも初めてかもしれない。

「そいつの羽をむしってくれ」

 リュウヘイが言った。

「羽をむしる?」

「そうだよ。引っ張れば抜けるから、全部むしってくれ」

 リュウヘイに言われて、俺は鶏を改めて見た。そして羽を摘まんで引っ張ってみる。しかし、軽く引っ張ったぐらいでは抜けそうにない。

「そんなんじゃダメだ。貸せ」

 そう言われて俺はリュウヘイに鶏を渡すと、リュウヘイはバリバリといわせながら鶏に羽をむしった。

「こんな風にやるんだよ。さあ、やってくれ」

 鶏がまた俺の元へ返ってきた。

 俺は見よう見まねでむしってみた。正直なところかなり抵抗感はあるが、やらないわけにもいかない。

 それにしてもバイト帰りになんで突然こんなことになるんだ。

 俺が抵抗感を抑えながら羽をむしっていると、

「早くやれよ。腹減ってんだから」

 とリュウヘイが急かした。

「あ、はい」

 俺はむしる速度を上げた。

 そしてやっているうちに多少慣れた。

 ほとんど羽をむしり終えると、

「よし、俺に貸してくれ。後はやるよ」

 とリュウヘイは裸になった鶏を持って台所へと入った。

「どうするんですか?」

 俺が訊くと、

「まずは残った羽をあぶるんだ」

 と答えた。

 しかし台所にはガスコンロらしきものはない。

 というよりもそもそもここが台所とわかるのは、蛇口と流しがあるからだ。いや、逆にそれしかない。

「コンロはどこですか?」

「そんなもんねぇよ。この七輪を使うんだ」

 台所の端の置かれた七輪をリュウヘイは持ってきた。

 そして炭に火を点けた。

「なんか、キャンプに来たみたいですね」

 俺が言うと、

「ふん、そんなこと言ってられるのは初日だからだ。俺なんてもう十年以上だぞ」

 リュウヘイはあきれた感じだ。

「ガスはないんですか?」

「あったらこんなもん使うかよ」

 そう言いながらリュウヘイは鶏に残った羽を炭火であぶってきれいにしていった。

 そこから内臓を抜き取り、捌いていった。捌くと言ってもかなり適当だ。そして、それを水道で洗った。

 初めは抵抗感があったが、捌かれてしまうと食材にしか見えなかった。

「おい、そこらに網があるだろ。取ってくれ」

 リュウヘイに言われて、俺は流しのところにあった網を取って渡した。

 その網を七輪に置き、適当に捌いた鶏肉を網に置いた。

「豪快ですね」

 俺はなんだか本当にキャンプに来たみたいな気分になっていた。

「まぁ、ものは言いようだけど、単に面倒なだけだ。いろいろ料理して旨く食おうって発想はない」

 炭火であぶられて鶏肉が香ばしい匂いを立てだした。

「いつも食事はこんな感じなんですか?」

「そうさ。ここに来てから普段は文明的な食事なんてしたことねぇよ」

 ってことは、俺はこれからこんな食事を一年続けるのか。

 とは言ってもまだ本当に修行を一年続けるのか半信半疑だった。なんだかんだで途中家にも帰ったりできるだろうと考えていた。

「おい、たまには家に帰れるだろうなんて甘いことを考えんじぇねえぞ。あのジジイは常識人じゃねぇからな」

 リュウヘイは俺の心を見透かしたように言った。

「そ、そうなんですね」

 俺は少し驚いたが、それが出ないように隠した。

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