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第118話 修行①

 食事が終わり時計を見ると、夜の十時だ。

 まだ寝るには早い。

「ところで、家の人とかには連絡入れとけよ。心配するだろうからな」

 リュウヘイにそう言われるまで忘れていた。

 俺はすぐに親にラインで当分帰らないと連絡を入れた。するとすぐに電話が鳴った。

「いったいどういうことなの?」

 母親である。

 俺はそう訊かれてもなんと説明をしたら良いものかと思った。そもそも珍宝院のこともなにも話していないのだ。

 俺はなにか言おうと思ったが、咄嗟に嘘が出てこなかった。

 そして俺がしどろもどろになっていると、リュウヘイが横から俺のスマホを取り上げて、

「ああ、お母さんですか? 申し訳ないですけど、タカシ君は私の会社で働いてもらうことになったんですよ。急遽なんでこんな形で申し訳ありません。つきましてはしばらく仕事の加減で海外に出張してもらうことになりましたので、一年は帰ることができません」

 リュウヘイはそう言うと勝手に電話を切ってしまった。

「ああっ、なんてこと言うんですか!」

 俺はリュウヘイの行動に驚いた。

「いいんだよ。あんな感じで。どうせあんたもうまく説明できないだろ?」

 リュウヘイにそう言われると、確かにそうなのだ。

「いまの話をあんたのお母さんがどう思うか、信じるかどうかなんてどうでもいいんだよ。どうせ調べるすべもないんだし、そうなると人間なんて自分の都合のいいように解釈するものさ」

 とリュウヘイはまったく悪びれる感じはなかった。

「そ、そうですね。この状況を説明はできないです。珍宝院様のことを話しても、それ自体信じてもらえそうにないですもんね」

「そうだよ。だからどっちにしてもなんか嘘をつくことになるんだ。それにあんたもこうなった以上は、一般的な社会では生活できなくなるんだし、あんまり気にしても仕方ねえよ」

「は、はぁ」

 一般社会では生活できないってのはどういう意味だ?

 俺はなんとなくわからるような気はしたが、いまいちイメージできなかった。

 俺は桐山と桜川にも連絡しないといけないと思った。

 しかし二人に連絡して同じ説明をするのも大変そうだと思い、桐山だけに説明して、桐山から桜川に伝えてもらうことにした。それに桜川が俺の話を聞いてどういう反応をするかも少し怖かった。

 桐山に連絡をし、ここまでの事情を説明すると、桐山は驚いていた。

 桐山は俺が一年いなくなることで、正義の味方タカシマンの活動ができなくなることを残念がっていた。

 いまとなっては桐山や桜川にとって、この活動はかなり重要なものだったのだ。それを急に辞めるとなると確かに残念だろう。しかし、俺としてはどうしようもない。

 桐山は残念がりながらも、理解してくれた。

「あんたって結構友達いるんだな?」

 桐山と通話していたのを見て、リュウヘイが言った。

「結構って、一人だけですよ。ああ、それとあと一人か。男女一人ずつだけですよ」

 俺が言うと、

「なに! 女の友達もいるのか?」

 とリュウヘイは目を見開いた。

「いますよ。一人だけですけど」

「そんなバカな。あんたみたいなのに女友達がいるなんて……」

 そんなに驚くことか?

「あの、リュウヘイさんは友達はいないですか?」

「いねぇよ。ましてや女なんて絶対にいない。今後もできないだろうな」

 リュウヘイはなにをそこまで悲観しているのか。

 しかし、女友達はともかく友達が一人もいないなんてことがあるのだろうか?

 俺がそんなことを思っていると、

「ホントに友達はいねぇよ。あのジジイと出会う前からな」

 と俺の考えていることがわかったのか、そう答えた。

「あの、ひょっとしてリュウヘイさんも人の心がわかるんですか?」

 俺は珍宝院と同じ能力があるのかと思って訊いた。

「ああ、わかる。あのジジイと修行してそんな能力も身についたんだ」

「すごい」

 俺は珍宝院と修行すると超能力者のようになれるのかと期待感が出た。

「すごいかも知れねぇけど、ちっとも良くはねぇよ」

 とリュウヘイは吐き捨てるように言った。

「どういう意味ですか?」

「だって考えてみろよ。他人の心で思ったことがわかるってことは、自分のことをどう思っているか、その都度わかるんだぞ。この苦痛わかるか?」

「はぁ」

 俺は話としてはわからないでもないが、そういう経験がないのでピンと来なかった。

「まぁ、いいよ。とにかく人の心がわかるってのは面倒なことの方が多いんだよ。だから俺は他人と関わりから逃げるように、こんなところで生活してるってのもある」

「そうなんですね」

「あんたもじきにそうなるぞ。そうなってから後悔しても仕方がないからな。ま、逃げ出すわけにいかないわけだから、あんたが俺と同じようになるのは決定事項と言えるんだけどな」

 とリュウヘイは言って話を終えた。

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