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第120話 修行③

「あの、朝食の前になにかするんですか?」

 俺は空腹感を感じていた。朝起きてまだ飲み物すら口にしていない。

「朝食前って、朝食なんてねぇよ。一日一食だ」

 とリュウヘイが答えた。

「ええっ、一日一食! そんなので大丈夫なんですか?」

 修行というのがどういうものなのかまだわからないが、一日一食なんかで持つとは思えない。

「大丈夫だよ。慣れる」

「そ、そうなんですか」

 長年そういう生活をしているリュウヘイが言うのだから、俺としては言い返しようがなかった。

 そう言えば昨晩の鶏肉もバクバクと食べていたが、あれは一日一食だからということもあるのだろう。

 しかし栄養不足になりそうに思うが……。

「それじゃあ、山を散歩するぞ」

 珍宝院はそう言うと歩き出した。

 散歩か。

 なんか修業って言うからもっときついことをするのかと思ったが、案外のんびりしたもののようだ。

「おい、ちゃんとついて来いよ」

 リュウヘイが俺の方をチラッと見て言った。

 すると、珍宝院がどんどんと速度を上げた。散歩と言っていたのに全然散歩じゃない。ラインニングである。

 けもの道のようなところをドンドンと進んだ。

 珍宝院は下駄履きなのに、まったく足元を気にする様子もなく進んでいく。

 リュウヘイも慣れた調子でそれに続いた。

 俺はそれに遅れないように頑張ってついて行ったが、徐々に息が上がってきた。

 こんなの強くなる以前の俺なら数分で脱落していたが、いまの俺だからなんとかついて行くことはできるのだ。

 珍宝院はサッササッサと素早い脚の動きで、山の斜面の昇る。足元には草も生えているし、木の根なども出ていたりするが、それに躓きそうにすらならない。

 リュウヘイも同じような感じだ。それにしてもスーツ姿の男がけもの道を行く姿はかなりシュールだ。

 そんな風にしながら、一時間ぐらいけもの道を上ったり下りたりした。

 俺は最後の方はさすがにかなり遅れを取っていた。息も上がり脚もガタガタだった。

 平地でもかなりきついことを山道でするものだから、足元にも気を遣わないといけないので、精神的にもかなりの緊張を強いられた。

「どうじゃ?」

 金満寺に戻ると、珍宝院が俺に訊いてきた。

「き、きついです」

 俺はハアハアと呼吸を乱した状態で答えた。

「こんな程度のことでそんなに呼吸を乱しているようじゃまったくダメじゃな。ま、すぐに慣れるわい」

 そう言う珍宝院は、まったく息も乱れることなく平然としていた。

 リュウヘイも同じような感じで平気な顔をしている。

「特製薬を飲んでいるのにこんなに辛いんですね」

 俺が言うと、

「特製薬じゃなくてジジイの小便な。あれを飲んでいてもきついことをすればきついさ。でも普通の人だとそもそもついてくることすらできてねぇよ」

 とリュウヘイが言った。

 確かにそうかもしれない。

 初めて山道をあんな速度で走ったが、昔の俺なら絶対に無理なことだ。

 ほとんど短距離走の感じで一時間である。しかも足場の悪い山道だ。

「でも、こんなことをする必要あるんですか? もう十分強いんですけど」

「もう十分強い? あんた、俺にあっさり負けただろうが」

 リュウヘイにそう言われると言い返せないが、なにもそこまで強くなる必要があるのかと思う。いまでもそこらへんのチンピラや格闘技の選手にも負けないぐらい強いのだ。

「お前もわかっておらんの。そんなチンピラなんてものは別に警察とかが取り締まればいいんじゃ。普通の人でも対処できる相手なんじゃからな」

 と珍宝院が俺の思ったことに答えた。

「どういうことですか?」

 いったいなにが言いたいのかわからない。

 じゃあ、俺たちはどういう存在を相手にするって言うのだ。

「まぁ、ええ。ちゃんと言ったとおり修行すれば、お前はもっと強くなるんじゃ」

 珍宝院は俺の質問には答える気はないようだ。

「あんたって、ジジイの小便を飲むようになってから、なにか努力したか?」

 リュウヘイが唐突に訊いてきた。

「いえ、特には」

「そうだろう。ジジイの小便を飲んで訓練をしたら、飲まない時よりも数段成長をするんだ。どういう理屈かわからねぇけどな」

 リュウヘイが言っていることからすると、筋肉増強剤のような役目もするってことなのか?

 俺がそんなことを思うと、

「そんなもんじゃねえよ。そんなものよりもはるかに上だ」

 とリュウヘイはすぐに言った。

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