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第121話 修行④

「おい、リュウヘイ。あれを持って来るんじゃ」

 珍宝院がそう言うと、リュウヘイは本堂の裏から直径五十センチぐらいある丸太を持ってきた。長さは二メートルぐらいだ。

 おそらくかなりの重さだろうが、リュウヘイは軽々と持ってきた。

「タカシよ。それを肩に乗せるんじゃ」

 俺はリュウヘイからその丸太を受け取ると、言われたように肩に乗せた。思ったとおりかなりの重さだ。ずっしりと肩から全身に荷重がかかる。身長が縮みそうだ。

 しかし、これは普通の人なら持てないぐらいの重さのはずだ。

 いまの俺はとりあえずそれが担げた状態でいられるだけでもすごいはずだ。

 だが脚はさすがにプルプルと震えて立っているのがやっとだ。

 しかもさっきまで山道を駆け回った後だ。

 丸太だから油断をすると肩から転げ落ちそうになる。

 それをなんとかバランスを保つように俺は頑張った。

「どうじゃ?」

 珍宝院が訊いてきた。

「あ、あの、これで、なにをするんですか?」

 俺は必死に重さに耐えながらバランスを保っていた。

「あれから逃げるんだよ」

 リュウヘイが横から言った。

「あれって?」

 俺がリュウヘイの方を見ると、リュウヘイが顎をしゃくってある方向を指した。

 俺がその方向を見ると、そこには大きなイノシシがいた。

 あんなのいつからいたんだ?

 俺がそんなことを思っていると、そのイノシシがこっちに向かって突然走ってきた。

「え、ええっ!」

 俺は驚いていると、

「丸太を担いだまま逃げるんじゃ。丸太を落としちゃいかんぞ」

 と珍宝院が言った。

「わ、わぁぁぁぁ」

 俺の足元にイノシシが鋭き牙をむいて、そこまで来ていた。

 俺は慌てて走り出した。

 しかし、丸太を持って走るなんてとてもじゃないができる芸当じゃない。

 俺は走り出してすぐに丸太のせいでバランスを崩して地面に倒れ込んだ。

 そこにイノシシが牙を剝いた。

「ギャァァァァ!」

 俺の尻にイノシシの牙が刺さる。

「あーあ、なにやってんだよ。しっかり逃げろよ」

 とリュウヘイは笑った。

「さあ、もう一度立って丸太を担げ」

 珍宝院がそう言うので、俺は言われたとおり立ち上がって丸太を肩に担いだ。

 そうしている間、大きなイノシシはそばでおとなしく待っていた。このイノシシも珍宝院の手下なのだろう。

「準備できたな。じゃあ、もう一度じゃ」

 珍宝院のその声とともに、イノシシは低いうなり声を上げだした。

 俺はまた牙を刺されたらと思うと必死で逃げた。

 しかし、やはり丸太の重みと不安定さで逃げることはできず、すぐに尻を牙で襲われた。

「無理ですよ。こんなの」

 俺は泣き言を言ったが、それから二十回ぐらいやらされた。

 俺の尻は傷だらけだ。

「どうじゃった?」

 珍宝院が地面でくたばっている俺に訊いてきた。

「どうもこうもないですよ。見てのとおりです。こんなの無理ですよ」

「ワハハハ、まぁ初めは無理じゃわな。しかし、それも時間とともにやれるようになる。おい、リュウヘイ。見本を見せてやれ」

 リュウヘイはそう言われて、面倒くさそうに丸太を肩に乗せた。

「いつでもいいぜ」

 リュウヘイがそう言うと、イノシシが唸り声を上げてリュウヘイに向かって行った。

 するとリュウヘイは丸太を肩に担いだ状態で、高く飛び上がり、向かってくるイノシシを軽く飛び越えた。

 イノシシが向きを変えてまた向かってきた。

 それでもリュウヘイはまったく平然としていて、イノシシの攻撃を横へかわした。

 それからイノシシは何度もリュウヘイに向かっていくが、リュウヘイに掠ることさえない。

 丸太はリュウヘイの肩の上でおとなしくしていた。まったくバランスを崩すこともない。まるで肩に張り付いているようだった。

 しかもリュウヘイは肩の丸太の重みをまったく感じていないような動きだ。

「よし、そんなもんでいいじゃろ」

 珍宝院がそう言うと、イノシシはすぐに動くのやめた。そしてそのまま山へと帰っていった。

「いったいどうなってるんですか? 俺の時と違って丸太が軽いとか?」

 俺はリュウヘイのあまりの動きが信じられなかった。なにかトリックがあるのではと疑ったのだ。

「そんなわけねぇだろ。ほらもう一度肩に担いでみな」

 リュウヘイに言われて、俺はまた丸太を肩に乗せた。

 さっき俺が担いだ時とまったく同じだ。ずっしりと肩に食い込む重さがあった。

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