俺は痛みに耐えながら、なんとか枝のあるところまで登った。そこからは枝をつかみながら登れたので、多少は楽ではあるが、慣れないことでもあるし、枝がフラフラと揺れて不安定だ。
だから、うっかりすると落ちそうである。
リュウヘイはそんなことを気にする様子もなく、スイスイと上へ向かっていた。まるでサルである。
なんでこんなことをする必要があるんだ。
俺は辛さのあまり心で毒づいた。
木の高さは一番上まで行くとビルの五階ぐらいだろう。だからもし落ちたら無事では済まないはずだ。
しかも上に行くほどに幹や枝も細くなるので当然不安定だ。
体重をかけると折れるんじゃないかというような枝である。
「これ、大丈夫か?」
そんなことを言いながら手をかけると、枝がポキッと折れた。
俺はそのまま下へと落ちたが、何本か下の枝になんとかつかまって地面への落下は防いだ。
「痛たたた」
手は擦り傷で血がにじんでいるし、体のあちこちを打ち付けた。
それでもなんとか上まで登り切った。
俺が上まで登る頃には、リュウヘイはもう下へ降りていた。
俺が下に降りると、
「遅いわい。もっと早くするんじゃ」
と珍宝院は容赦ない。
「いや、無理ですよ。こんなのやったことないんですから」
俺は思わず文句を言った。
「やかましい。文句を言わんとやれ。ほれ、じゃあ、百往復じゃ」
「え、百!」
「そうじゃ。早ようせんと日が暮れるぞ」
「はいよ」
リュウヘイはそう言うとまた木につかまった。
そしてスルスルと登っていく。
それを見て、俺もやるしかなかった。
そして、なんとか日が暮れるまでに百往復を終わらせた。
「じゃあ、寺に戻るぞ」
珍宝院はまったく俺に休憩をする時間を与えることもなく、またものすごい速度で寺へと走り出した。
「ひぇぇぇぇ、待ってくださいよ」
俺は考える余裕もなく、とにかくついて行った。ここに来るに一時間かかったので、当然帰りも一時間だ。
そしてなんとか寺にたどり着いた。
俺はすでにへとへとである。それに腹も減っていた。なにせ朝からなにも食べていないのだ。
「じゃあ、今日はこれで終わる。夕飯の準備をするんじゃ」
とりあえず今日はこれで終わりのようだ。
「あの、今日の夕食はなんですか?」
俺はリュウヘイに訊いた。
「もう鶏はいないから、今日は山に入ってシカかイノシシ捕ってくるしかないな」
とリュウヘイは当たり前のように言った。
「え、いまからですか?」
「そうだ。だって他に喰うものなんてねぇしな」
「そんなぁ」
俺はへとへとなのに、いまからまだ狩りまでしないといけないのかと絶望的な気分になった。
「まぁ、そう落ち込むなよ。今日捕ればしばらくはその肉だけで行けるから」
リュウヘイは俺を元気づけたつもりなのかもしれないが、まったく元気にならなかった。
「ほれ、行ってこい」
珍宝院はそう言うと一人本堂に入った。
「じゃあ、行くか」
リュウヘイはいま戻ってきたところなのに、また山へと向かった。
俺はもう動きたくなかったが、ついて行くしかなかった。重い脚を引きずるようにして歩いた。
「そんなに都合よく獲物がいるんですか?」
「ああ、心配するな。案外いるんだよ。探せば」
リュウヘイがそう言うのだから信じるしかない。
「いつも野生動物を捕まえて食べ物を調達しているわけですか?」
「まぁ、そうだな。だいたいはそういうことになる」
「これまでずっとですか?」
「そうだ」
俺はリュウヘイがいるが、リュウヘイは一人でこんなことをしてきたということだ。
それを思うと、俺はリュウヘイのことを少し尊敬した。
「シカとかイノシシって簡単に捕れるんですか?」
素人に狩りが簡単にできるとは思えない。ましてや銃などもなしだ。どこかに罠とかを仕掛けているということなのか。
「まぁ、見つけることができたら、俺たちにとってはそんなに難しいことではないな」
「罠とか仕掛けてるんですか?」
「いや、そんなのねぇよ」
「じゃあ、どうやって捕るんですか?」
「それはいろいろだけどな。場合によっては石を投げてってこともあるし、素手でぶん殴ってってこともある」
「は、はぁ」
なんともすごい話である。
確かに俺は珍宝院のおかげで強くはなっているが、野生動物を素手でやっつけることなんてできるのだろうか?
どうもにわかには信じ難かった。
それから俺とリュウヘイは山道を三十分ほど歩いた。
すると、
「シッ、あそこにシカがいる」
とリュウヘイが小声で言った。
俺は息をひそめて足を止めた。