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第126話 修行⑨

 食事は終わった。

 シカ肉は思ったよりもおいしかったが、肉しか食べていないのでイマイチ満足感はない。

「あのう、米は食べないんですか?」

 リュウヘイに訊いた。

「米はたまには食うよ。だけど、普段は食わねぇな。だってそんなもんねぇからな」

「ご飯も食べないとイマイチ満足感がないという感じはないですか? それに肉しか食べないって栄養的にどうなんですかね?」

「満足感なんてのは慣れればどうってことねぇよ。白飯が食いたいとかって思い込みだろうな。栄養のことは知らんけど、俺はこんな食生活でも特に問題はない」

 と十年以上こんな生活をしているリュウヘイが言うのだから、そうなのだろう。

 しかし、俺としてはこんな生活を一年も続けられるのか自信がなかった。

 トレーニング自体は辛いがなんとかなりそうに思うが、ここでの日常生活が厳し過ぎる。

「あのう、お風呂は入らなんですか?」

 昼間に動き回ったので汗臭かった。

「風呂なんてねぇよ。だいたいわかると思うけど。俺は風呂代わりに山を少し下ったところに流れている川で水浴びをするけどな」

 川で水浴び。

 俺はそれを聞いて、仕方なしに川に行くことにした。

「リュウヘイさんはどうします?」

「そうだな。じゃあ、俺も行くかな」

 ということで二人で川に水浴びに行くことになった。

 山を少し下ると小川があった。かなり小さい川だ。水はきれいだ。

しかしかなり冷たい。

 俺たちは服を脱いで川に入った。人は誰もいないので人目を気にする必要はなさそうだ。川は浅く足首ぐらいまでしか浸からない。

 服を脱いだリュウヘイの体は筋肉隆々だった。無駄な肉は一切ない。

「ひぃい、冷たい」

 俺は思わず声が出た。

「いまはまだましだ。冬は死ぬぞ」

 リュウヘイはまったく冷たそうにすることなく、ジャブジャブと水をすくって体にかけた。

「これも野生の勘を取り戻すために必要なんですか?」

「さぁな。この川で水浴びするのは、俺が勝手にやってることだ。あのジジイに言われたことじゃねぇし」

「そう言えば、珍宝院様はお風呂とか入ってるんですかね?」

「いや、入ってねぇだろうな」

 とリュウヘイは言った。

「でも、そのわりには臭くないですね。あんな見た目からすると異臭がしても良さそうですけど」

「どういうことなのか俺もわからねぇけど、確かにあのジジイは不思議だ。風呂も入らねぇし、服もいつもあんなボロい着物を着てるくせに、むしろちょっといい匂いをさせているからな」

 リュウヘイの言うように、珍宝院は独特のいい匂いをさせていた。

 初めは寺にいるのでお香の匂いがついているのかと思ったが、どうやらそういうことではないようだ。

「そう言えば、俺、服の替えがないんですけど、どうしたらいいですか?」

「それならこの川で洗っておけよ。俺もいつもそうしてるぞ」

「リュウヘイさんも着替えはないんですか?」

「ああ、ねぇよ。ボロボロになるまで着て、ダメになったら新しいものを手に入れるんだ」

「は、はぁ、そうなんですか」

 ってことは、俺もこの一年、ずっとこの服のまま過ごすのか。

 なんだからまた自信がなくなった。

 仕方なしにさっき脱いだ服を川でジャブジャブと洗った。当然洗剤なんてものはない。それにこの服が乾くまではいったいどうしらたいいのだろうか?

「さて、戻るぞ」

 リュウヘイは体を揺すって水けを飛ばした。まるで犬だ。

 そしてその上から服を着た。

 俺は服を洗ったのでビチョビチョな服を手に持った。

「あの、タオルとかで拭かなくて大丈夫なんですか? 風邪を引いたりしそうですけど」

「平気だ。もう何年もこんな感じだからな。服を着たらタオル代わりになる。それで後は時間がたてば体温で勝手に乾くしな」

 となんとも豪快だ。

 いまの俺にはまだ真似できそうにはなかった。

 しかし、この一年が終わるころには、俺もそうなっているのだろうか?

 俺は服を手に提げて寺に戻った。フルチンはさすがに気が引けるのでパンツだは履いた。

 長い一日が終わった。

 こんな生活を一年なんてやっていけるのだろうか?

 寝転がりながら考えた。

 それになんでこんなことになったんだ?

 俺はなにもこんなことは望んでいなかったのに。

 そう考えていると、だんだん珍宝院に腹が立ってきた。強引に俺をこんなところに連れてきて、いったいどういうつもりなんだ。

 俺はそんな風に腹を立てながら寝てしまい、気が付いたら朝になっていた。

 そして、こんな生活が一か月ほど続けた時だった。

「おい、リュウヘイ。懲らしめないといけないやつが出てきたぞ」

 と夕食の時に突然珍宝院が言った。

「ケッ、面倒くせぇな」

「タカシを連れて行ってくるんじゃ」

「ハイハイ、行ってくるよ」

 と二人で会話をしている。

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