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第131話 懲罰⑤

「ところで腹は減らねぇか?」

 リュウヘイが唐突に言った。

「減ってます。というか、ここ一か月ずっと減ってる感じですよ」

 なにせ食事は一日一食。それは辛うじて我慢するにしても、食べるものは自分たちで狩った野生動物だ。毎日毎日肉ばかり食ってると、甘いものなどの糖質がたまらなく欲しくなる。

「よし、じゃあ、ちょっとあそこのラーメン屋に寄って帰るか」

 とリュウヘイは嬉しいことを言ってくれた。

「ええ、寄って行きましょう。俺、ラーメン食いたいです」

 俺の声は自然とはずんだ。

「よしよし」

「あ、でも、いいんですか? 勝手にラーメンなんか食っても?」

 俺は珍宝院のことが頭に浮かんだ。

 修行中に勝手に外で食事なんかして良いのだろうか?

「気にすることねぇよ。俺なんていっつもこうやって外に出たら、好きなもん食ってんだ」

「そうなんですね。じゃあ、遠慮なく」

 俺たちはラーメン屋へ入った。

 店内は空いていた。中途半端な時間のせいかもしれない。

 俺たちは席に着くと、食べたいものを注文した。

 リュウヘイはお金のことは気にせずに、なんでも注文しろと言った。

 俺はラーメンとチャーハンとギョウザを注文した。

 リュウヘイも同じだった。

 料理が出てくると、俺もリュウヘイも口の中へと放り込むようにして食べた。

 そしてある程度腹が落ち着いてきたら、

「リュウヘイさんはこれからもずっとこういう生活を続けるんですか?」

 と訊いた。

「続けるさ。続けたくないけどな」

 リュウヘイはラーメンをすすりながら答えた。

「辞めたくならないんですか?」

「いままで何回も辞めようと思った。だけどな、いつも言ってるように、俺はもう社会には適合できない人間になってしまったんだよ。だから戻ることはできねぇ」

「いつもそれを言いますけど、そんなに社会不適合なんですか?」

 リュウヘイはことあるごとにそれを言うのだが、俺はそんな不適合だと思わなかった。それに、また普通の社会に戻れば、そっちに慣れて行くってのが人間だ。

「ああ、不適合だ。まったく無理だな。まず、俺は人の気持ちがわかる。これがどれだけ辛いかわかるか?」

「いえ、いまいちわかりません」

 俺は正直に言った。

「あの店主を見ろ」

 リュウヘイがカウンターの中にいるラーメン屋の大将を顎で指した。

「あの店主がなにを考えてるかわかるか?」

「わかりません」

「だろ。わからないからあんたはこの席にのんびり座ってられるんだよ。あの店主はいま、俺たちが早く帰らねぇかなって思ってんだよ。今日は一日客が少なかったから、俺たちが帰ったら早く店を閉めて家に帰って、テレビでも観たいって思ってんだよ」

「そうなんですね。じゃあ、早く食べて出た方がいいですね」

 俺は思わずラーメンをすすった。

「ふん、そうなるだろ。あの店主は一切そんな気持ちを顔には出してねぇけど、俺にはそれがわかるんだ。まぁ、こんなことは大したことねぇんだけど、こういうのがどこに行ってもあるんだぞ。他人の気持ちがわからなかったら、そんなことを気にせずにのんびり食えるのにさ」

「そうですね。だけど、そんなこと気にしなかったらいいんじゃないんですか?」

「もちろんそうだ。しかし、それができたら苦労はねぇよ。それに、こんなことは普通の社会で暮らす煩わしさの一つでしかねぇ。もっと大変なのは、あんたと俺がさっきやったようなことだ」

 リュウヘイはレイプ魔八人を殺したことを言っているのだ。

「あんなことができる俺たちが普通に社会で暮らしていけるか?」

「無理ですかねぇ?」

 俺はいまいちピンと来なかった。確かにあんなことをする奴が普通に社会で暮らしているのはおかしいとは思うが、それは俺たちがその能力を隠していたらなんの問題もない気がする。

「無理だな。あんなことをできる奴が、他人の考えていることもわかるとなると、どうなると思う?」

 俺はどうなるかわからなかった。

「わからないようだな」

 黙っている俺を見てリュウヘイが言った。

「あんたのことを心の中でボロクソに言ってる奴がいて、あんたはそれをそのまま見過ごすことができるか?」

「ああ、そういうことか。つまりそんな奴がいたら殴り殺しかねないってことですか?」

「まぁ、殺すまで行かなくても、なにかしてしまうだろ」

「でも、それは一般人でも同じじゃないですか? 誰だって陰で悪口言われているを知ってても、知らないふりをして過ごしてたりするじゃないですか」

「あんたの言うことも理屈だ。だけどな、一般人が我慢するのは、相手を殴り殺す自信もないし、相手の気持ちを直接わかるわけでもないから、結局我慢するって方法を取るだけなんだよ」

「そうなんですかねぇ」

 俺は納得がいかなかった。

「そうだよ。俺たちと同じような能力があれば、腹が立つことがあった時に、その衝動を抑えられる奴なんてほとんどいねぇよ。できないと思うから我慢するだけで、できるとなったら人間はまず我慢はしねぇな」

 リュウヘイの言っていることは極端だと思った。

 しかし、考えてみれば、ダイエットがうまく行かないのは、食べようと思ったら食べられるからだ。仮に食べ物がないとか、顎を怪我して口が使えないとかなら、誰もが食事を我慢するしかない。

 それと同じようなことなのかもしれない。

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