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第132話 懲罰⑥

 俺たちが金満寺に帰りついたのは深夜だった。

 珍宝院はいなかった。

 くたくたで脚は棒のようである。

 さすがに一日中歩き通したようなものだから、そうなるのも仕方がない。

「さて、寝るか」

 リュウヘイは平気そうである。まったく疲れた様子とかはなくいつもどおりだ。

「川で汗を流したりはしないんですか?」

 俺は汗をかいたので体がベトベトしていて気持ちわかるかった。疲れていて寝たい気持ちもあったが、それよりもまずは汗を流したい。

「俺はいいよ」

 リュウヘイはそう言って床に寝転がった。

「そうですか。じゃあ、俺は行ってきます」

 と俺は一人でいつも水浴びをしている川へと向かった。

 それにしても、いつの間にかこんな生活に馴染んでしまっている。

 風呂でシャワーを浴びるでもなく、川での水浴びに慣れてしまっていた。

 俺は服を脱いで、そこらへんにおいて川に入った。

 そして、体の汗を水でジャブジャブと洗い流した。

「だいぶ体が締まってきたの」

 と暗闇から突然声がして、俺はビクッと身体を震わせた。

「だだ、誰?」

「わしじゃ」

 すると珍宝院が暗闇から出てきた。

 相変わらずの汚い着物姿だ。髪も髭も伸びてボサボサだ。

 珍宝院は出てくると、適当に岩に腰を降ろした。

「いたんですか?」

「どうじゃった?」

 珍宝院は俺の言ったことにはなにも答えなかった。

「どうって、結構ショックでしたよ。人を殺すなんて」

 俺は正直に言った。

「まぁ、それはショックじゃろな」

 珍宝院はそんな当たり前のことを言うなという感じだ。

「連中がどんなことをやってる輩かはリュウヘイさんから聞きました。だけど、俺たちがあんなことをやっていいんですか?」

 俺はリュウヘイにも訊いた質問をした。

「やっていいとか悪いとかは誰が決めるんじゃ?」

 と珍宝院は逆に訊いてきた。

「え、それは……。みんなで話し合ってとか、そういうことなんじゃ……」

 俺は答えに困った。

「確かに法律とかは国会とかで話し合って決めるとわい。それじゃあ、それは正義なのか?」

「いや、正義かって言われたら、どうなのかわりませんけど、でも、一応えらい人が話し合って決めてるんだし、それは守った方がいいんじゃないですか? 法律は守らないと破ったら捕まりますし」

「じゃあ、捕まらなかったら破ってもいいってことか?」

「いえ、そうではないですけど……」

「お前は野球って知っとるか?」

「はぁ? そ、それは知ってますけど」

「じゃあ、その野球で打った奴が一塁じゃなく三塁に走ったらどうだ?」

「それはルール違反ですよ」

「そうじゃの。法律とかなんてものは所詮その程度のものじゃ」

「はぁ?」

 このじいさんはいったいなにを言ってるんだ?

 俺には言いたいことがわからなかった。

「正義なんてものとはまったく別の話じゃ」

 珍宝院は続けてそう言った。

 そう言われても、俺はやっぱりなにが言いたいのかわからなかった。

「ところで、あんなことをするために俺を鍛えてるんですか?」

 俺は珍宝院の真意が知りたかった。

「今日やったようなことが目的ではない。これも本来の目的への修行の一環じゃ」

「いったいなんなんですか? 俺になにをさせるつもりなんですか?」

「まぁ、それはそのうちわかるわい」

 珍宝院はそう言うと、俺の質問には答えることなく立ち去った。

「なんだよ。ジジイ!」 

 俺は腹が立って思わず言ってしまった。

 汗を川の水で流し終えると、俺は寺に戻った。

 俺の腹立ちは収まらなかった。人殺しをさせておいて、その説明がないというのが納得できなかった。

「まぁ、そうカッカするな」

 寝てるのかと思ったリュウヘイがそう言った。

「起きてたんですか?」

「いま起きた」

「リュウヘイさんはなんの説明も聞かずに、よく人を殺したりできますね? 平気なんですか?」

「俺だって平気ってわけじゃねぇ。ま、あんたと違ってもう慣れてしまっているけどな」

「どうして珍宝院様に理由を訊かないんですか? 理由の説明がないなら、俺はもうやりたくないですよ」

 俺は話しているうちにどんどんむしゃくしゃしてきた。

「ま、あんたの気持ちわかる。だけど、あのジジイには不思議な力がある。最終的には逆らわせないなにかが。だから俺もいまはおとなしく言われるとおりにやってるんだよ」

 リュウヘイは寝転がったまま言った。

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