「今回も壁をよじ登ってそいつの部屋まで行くんですか?」
「いや、今回はそうしない。こんな昼間に壁を上ってる奴がいたらすぐに通報されるしな。だから、とりあえずはエントランスから入って、後は非常階段を上がる」
とリュウヘイが説明した。
「でも、どうやってエントランスの中へ入るんですか? オートロックだし、管理人もいますよ」
「まぁ、それは任せておけ」
そういうとリュウヘイはマンションの入り口付近へと移動した。
俺もついて行った。
昼間なので人通りは少ないが、たまにマンションの出入りはあった。
しばらく待っていると、おばあちゃんが歩いてきた。どうやらこのマンションの住人のようだ。買い物でも行ってきたのだろう。手には荷物を下げていた。
おばあちゃんはかなりよぼよぼとしている。もう八十ぐらいだろう。
こんなおばあちゃんがこんなマンションに住んでいるってことは、それなりにお金は持っているのだろう。
それにしても金持ちの老人宅ばかりを狙っている強盗団のリーダーと一緒のマンションに、こんなおばあちゃんが住んでいるというのはなんとも皮肉だ。
そんなことを思っていると、リュウヘイが、
「行くぞ」
と言って歩き出した。
俺はそれに続いた。
リュウヘイは何気ない様子で、そのおばあちゃんに近づいた。そして、
「荷物をお持ちしましょう」
と言って、相手の返事を待たずにおばあちゃんの荷物を取った。
「え、あ、ありがとうね」
おばあちゃんは突然のことで少し戸惑っていたが、リュウヘイのさり気ない行動に、親切な若者だと思っただろう。すぐにそう言った。
「大変ですね。買い物ですか?」
リュウヘイは何気ない会話をする。
普段、一般社会に戻れないように言ってるわりには、妙にスムーズに老人の懐へと入り込んだ。
俺は感心しながら、一応ニコニコとしながら後に続いた。
「そうなのよ。旦那と二人暮らしだからね。私が行かないと仕方がないから」
と自嘲気味におばあちゃんは言った。
「いえいえ、お元気そうでなによりですよ」
リュウヘイはまるで訪問介護の人のように対応する。
マンションのエントランスまで来た。
「僕たちも住人の方に用事があるんで、ついでだから玄関先まで持ってあげますよ」
とリュウヘイはここでもすぐにそう言い、あっと言う間に管理人がいるオートロックのエントランスを突破した。
おばあちゃんはなんの疑いもなしに、俺たちと一緒にエントランスに入り、自分の部屋まで向かうのだった。どうやら八階に住んでいるようだ。
俺たちはおばあちゃんに荷物を返し、
「では、僕たちはここで失礼します」
と丁寧に言って立ち去った。
「すごいですね」
おばあちゃんが玄関のドアを閉めた途端、俺は思わずそう言った。
「ま、これぐらいのことはどうってことねぇよ」
「それにしても、まったく俺たちのことを疑ってなかったですね」
「あの人からしたら、ここのマンションの住人の誰かのところに来た保険の外交員ぐらいに思っているのさ」
「ひょっとして、あの人の心を読んだんですか?」
「読んだんじゃない。勝手にわかるんだよ」
リュウヘイは少し面倒くさそうにそう返した。
「さて、それじゃあ、後は非常階段から上に上がるぞ。例の奴の部屋は三十階だ」
リュウヘイはそう言うと、非常階段のドアを開けて、階段を上がりだした。
三十階まで上がるとなると大変そうだが、ここまで平気で歩いてこれる俺たちにとっては、どうってことのない高さだ。外の壁を上ることを思えば楽なものだ。
そして、俺たちはあっと言う間に三十階まで上がった。強盗団のリーダーが住んでいる部屋の前まで来た。部屋の表札に「楠本」と書かれている。リーダーの名前だ。
「どうやって中へ入るんですか?」
まさかピッキングでもするのだろうか?
「そうだな」
そう言いながら、リュウヘイが辺りを見渡した。
この階には強盗団のリーダーの部屋以外に、もう一部屋だけがある。
「多少大きな音を出しても気づかれねぇだろ」
リュウヘイはそう言うと、ドアノブに手をかけた。そして引く。
当然鍵はかかっていた。
「どうするんですか?」
俺が訊くと、
「見てな」
と言って、ドアノブを持っている方と反対の手を壁に着き、激しくドアノブを引っ張った。
ガンガンと二、三回音を立てたかと思うと、ドアの鍵が壊れてドアが開いた。
「開いたぞ」
リュウヘイは当たり前のように言った。
「そ、そんなことできるんですか?」
俺はリュウヘイのパワーに驚いた。
「ちょっとしたコツがあるんだよ」
コツなんてものじゃないだろ。どう考えても異常な力があるからできることだ。
開けたドアを見ると、鍵の部分がひん曲がっていた。