夕方の六時ごろになった。
「そろそろ帰ってくる頃だな」
リュウヘイが壁の時計を見て言った。
「そうですね。どうします?」
「とりあえず隠れておいて、楠本を部屋の中まで入らせよう」
そう言うとリュウヘイは廊下の途中にある風呂場へ向かった。
「あんたはそっちに隠れてくれ」
とリュウヘイは俺にはトイレに隠れるように指示した。
トイレと風呂場は廊下に並んである。
「でも、楠本は中に入って来ますかね? だってドアが壊されてるんですよ。怪しんで入ってこないんじゃないんですか?」
俺は思ったことを言った。
「いや、入ってくるさ。確かに怪しむだろうけど心配の方が勝つはずだ。なんせ強盗団のリーダーだからな。お金以上に取られたらまずいものがあるんだ」
とリュウヘイは言った。
俺たちが風呂場とトイレに隠れ、しばらくすると玄関の方で人の気配がした。
どうやら楠本が帰ってきたようだ。
なにやらゴソゴソと玄関でしているみたいな音が聞こえてきた。
リュウヘイはまだ風呂場に隠れている。
そして少しすると、廊下のフローリングがかすかにきしむ音が聞こえてきた。楠本が中に入って廊下を歩いているのだろう。
その時思った。
俺はいったいどのタイミングで出たらいいのだろう?
リュウヘイとなんの打ち合わせもしていない。
そんなことを思っていると、足音はトイレの前を行き過ぎた。
リュウヘイはまだ風呂場にいるようだ。
どうするつもりだろ?
そんなことを思った瞬間だ。
風呂場の扉が開く音がした。そして、その音と同時に別のバタバタという音も聞こえた。
俺は急いでトイレから出た。
すると廊下には楠本もリュウヘイもいなかった。
俺は廊下を奥に行き、リビングに入った。するとそこでリュウヘイと楠本が向かい合っていた。
楠本は手に大型のナイフを持っていた。
「お、お前ら、何者だ!」
楠本は少し震えた声で言った。
「まぁまぁ、そう昂奮するな。ちょっとお前に訊きたいことがあるんだよ」
リュウヘイは落ち着いた声で言った。
俺はその様子をリュウヘイの背中越しに見ているしかなかった。
「う、うるさい。出て行け。出て行かないと警察を呼ぶぞ」
楠本の声はやはり震えていた。かなりビビっているのがわかる。
「呼んでもいいけど、困るのはどっちかっていうとお前の方だろ?」
リュウヘイは相変わらず落ち着いていた。
「うっ、そ、それは、どういう意味だ?」
「どういう意味って、それはお前の方が詳しいだろ。フフフ、お前みたいな腰抜けが強盗団のリーダーとはな。メンバーが知ったら逆にお前が強盗されそうなツラだな」
リュウヘイの話に、楠本は顔色をなくしていた。元々色白だが、いまは便器のように真っ白になっている。
「そ、それでいったい、なんの用なんだ?」
楠本はなんとか気持ちを立て直したのか、しかし、まったく勢いのない小さい声で言った。
「お前が今度狙っている家はもうすでにわかった。それをいつやるように指示してんだ?」
「そ、それは……。そんなことより、まずあんたらはいったい何者なんだよ。それを言ってくれ」
楠本は徐々に落ち着いてきたようだ。
「説明は難しいんだよなぁ。とにかくお前のような奴を許さない存在と思ってくれ」
「そ、そんなんじゃ、説明になってないよ」
「まぁ、それは俺もそう思うけど、それ以上の説明ってしようがないんだよなぁ」
リュウヘイはそう言って頭をポリポリと掻いた。
楠本は、そんな風なリュウヘイを見て黙った。
どうしようか考えているのだろう。
「ああ、一応言っておくけど、逃げようって考えても無理だから。そのナイフで俺たち二人をやっちまってって思っても、俺たちは二人はお前の適う相手ではないしな」
リュウヘイが黙っている楠本に向かって言った。
おそらく楠本の考えていることがわかったのだろう。
そんな風に言われて、楠本は手に持っているナイフを見た。
そして、覚悟を決めたのか、踏み込んでナイフをリュウヘイに向けて突き出した。
「クソー!」
楠本は思い切ってリュウヘイにかかったのだろうが、腰は引けていた。
どう考えても暴力的なことの経験はない動きだ。
リュウヘイはそれをあっさりとかわすと、楠本の腹にパンチを入れた。
「ウグッ」
楠本の息が詰まった。そしてそのままくの字に体を曲げて床に倒れ込んだ。
「さぁ、強盗をいつ実行するように指示したのか言えよ」
リュウヘイは床にうずくまっている楠本の横腹を蹴った。
「ぐあああ」
楠本が悶えた。
「あ、今日。今晩です」
楠本はあっさりと吐いた。
「何時だ?」
「今日の、二十一時です」
楠本はもう抵抗する気はないようだ。