俺たちは金満寺に帰った。
珍宝院が本堂にいた。
「終わったか?」
珍宝院が言った。
「終わったよ」
リュウヘイが答えた。
「どうじゃった?」
珍宝院が俺に訊いてきた。
「どうって、別に……」
俺は自分の考えが整理できていなかった。これで良かったという思いはありながらも、どこか納得できない部分もあった。しかしそれがどの部分なのか自分でもいまいちわからなかった。
「なんだか不満そうじゃな。ホホホ」
珍宝院は笑った。
「別に不満はないですけど……」
「ほう、不満はないけど、なにかはあんじゃろ。言ってみるんじゃ。言うことで整理される」
「そ、そう言われても……。なにかがわからないんですよ。俺は確かに不満なのかもしれないです。でも、その不満がなんなのかがわからないんですよ」
俺は正直に言った。
「なるほどのう。しかし、それはお前がすべてを一緒に考えるからわからんのじゃ」
「どういうことですか?」
「お前は強盗は悪いと思っている。しかし、実際にやったのは雇われた連中で楠本は実際にはなにもやっていない。そしてその女は楠本がやっていることを知っていながら贅沢をしていたのは腹立たしいけど、強盗にはなにも関わっていない。そういうことを一緒に考えるから混乱するんじゃ」
「そうかもしれません」
「そうではなくそれをバラバラにして考えればええんじゃ」
そう言われて、俺は考えた。
そしてバラバラにして考えてみると、実際に強盗を実行した奴は悪い。それを指示した奴も悪い。それを知ってて止めないどころか勧めていた女も悪い。つまりみんな悪いということになる。
しかし、そんなことは改めて考えるまでもなくわかっていたことだ。
「みんな悪いですね」
俺はボソッ言った。
「そうじゃ。みんな悪い。じゃが、お前は納得できんわけじゃ」
「そうなんです。連中が全員悪いことは十分わかってるんです。だけどなんか釈然としないんです。どうしてなんですか?」
俺はその釈然としないものがハッキリしないことに少し苛立っていた。
「お前はある部分を見ないようにしておるからそういう気分になるんじゃ」
「ある部分?」
「そうじゃ。それはお前自身の心にある思いじゃ。それを直視するのが嫌なんじゃろう」
「どういうことですか? そんな直視したくないよう思いなんてないですけど」
俺は珍宝院の言っていることわからなかった。いくら珍宝院が人の心を読めると言っても、俺自身の思っていることは、俺が一番わかっているはずだ。
「いや、ある。じゃあ、訊くが、強盗団の連中を見た時どう思った?」
「どうって、そうですね……。ガラの悪そうな連中だなって感じですかねぇ」
「他にもなにか思ったじゃろ」
そう言われて俺は改めて考えた。
「他に……? うーん、なんかお金に困ってそうというか、人生積んでるというか、うまくいってないんだろうなって感じはしましたね」
「じゃあ、強盗の被害者のことはどう思った?」
「被害者ですか? どうって言われてもなぁ、上品な老夫婦って感じでしたね。あとは人生成功したんだろうなってぐらいですかね」
「その加害者と被害者、お前はどっちに近い?」
「そ、それは……。まぁ、どっちかって言うと加害者の方、ですね」
俺は自分が強盗団の連中に近いことを認めたくはなかったが、しかし、普通に考えれば、俺は強盗団の方に近い。年齢も社会的な立場もだ。
「ハッ」
俺はその時、パッと頭に見えていなかったものが見えた。
「どうやらわかったようじゃな。お前は理屈では強盗団の連中は悪いとわかっておるが、心情的にはその連中に味方をしておるんじゃ。片や被害者は社会的に成功もしお金も持っとる。そんな成功者が人生につまずいている奴らにお金を奪われたり殺されたりすることに、お前は心の奥では拍手を送っておるんじゃ」
珍宝院に言われて、俺はなにも言えなかった。
俺は自分がそんなことを思っていることを認めたくなかった。認めたくなったから、そういう思い自体がないことにしていたのだ。しかし、そんな思いがあることは変えられない。だから釈然としない思いが残ったのだ。
「俺は悪い人間なのかもしれません」
「ホホホ、心の中でそんなことを思う奴なんていくらでもおるわい。それを表に出さないだけじゃ」
「でも、そんなことを思うこと自体は悪いことなんじゃないんですか?」
「ワハハハ、じゃあ、訊くがお前はそういう思いを持とうと思って持ったのか?」
「いえ、そうじゃないですよ。勝手に浮かぶというか」
「そうじゃろ。人間は思おうと思って思うことなんかないんじゃ。勝手に思いが浮かんでくるんじゃ。じゃから、思うこと自体はどうしようもない。どうしようもないことに善も悪もないわい」
珍宝院にそう言われて、俺は少しだけだが楽になった感じがした。