目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第144話 強盗団⑫

「つまり思うことに関しては、なにを思っても悪いことじゃないということですか?」

 俺は疑問をぶつけた。

「そりゃそうじゃ。思うこと自体はどうしようもない。思わないでおこうってして、そういう思いが浮かばないようにできるものでもないんじゃし。問題は実際にやることじゃ」

「確かに実際にやるのと、心で思っているだけでは大違いというのはわかるんですけど……」

 俺は珍宝院の言っていることは理解はできるが、なんとなく納得できないでいた。

「お前は自分の心が操作できると思っておるんじゃろ」

 珍宝院はそんな俺に言った。

「すべてを操作できるとは思っていませんけど、ある程度はそういうことを考えないようにすることはできるんじゃないんですか?」

「いや、できんよ。お前自身全然できておらんじゃろ」

「そんなことないと思いますけど。だって嫌なことは考えないでおこうって考えないこともありますし」

「いや、できとらん。お前は心配事があって夜に寝られなかったことはないか?」

「それぐらいのことはありますよ。でも、それはその心配事が大きかったからで、小さい心配事なら意図的に考えないようにして寝ることはできますよ」

「ホホホ、やっぱりできとらんじゃないか」

「え、どういうことですか? 小さい心配事ならスルーでできるってことはできるってことじゃないんですか?」

「違うのう。それは心を操作したんじゃない。単に心配事の大小の話じゃ。お前は小さい心配事を考えないようにしたんじゃない。それはむしろ考えることができなかったのじゃ」

「?」

 俺は話がわからなくなってきた。

「へへへ、あんたも物わかりが悪いな」

 横でリュウヘイが笑った。

「リュウヘイさんはわかるんですか?」

「まぁな。要するにはあんたは自分で考えようとしたり、しなかったりしてるんじゃない。ただ出来事に反応しているだけだ。例えばここに巨大な岩と小さい石があるとするだろ。それをあんたは持ち上げるか持ち上げないかを自由に決めることができるわけだ。実際に持ちあがるかどうかは関係なくな。それと同じで、もし自由に考えるか考えないかをコントロールできるのなら、心配事の大小は関係ないはずだ」

「た、確かにそうですね」

 リュウヘイに言われて、そのとおりだと思った。

「人間は自分で考えて行動しているように見えるし、そう思っているじゃろうが、実際にはそうではない」

 珍宝院が言った。

「え、そうなんですか? いまの話で考える考えないかをコントロールできないことはわかりましたけど、でも実際に行動するかどうかはコントロールできるじゃないですか」

「じゃあ、その行動の動機はなんじゃ?」

「動機、ですか? それは……。そうしてみたいからやるとか、やったら大変だからやらないとか、そういうことなんじゃないんですか?」

「そうじゃ。それであっとる。じゃが、そうしてみたいと思うこととか、やったら大変だと思うことは意図してできるのか?」

「それは……。あれ、できないかも」

 俺の頭は混乱していた。なにがなんだかわからなくなっている。

「強盗団のリーダーの楠本はなんで、あんなことを思いついたんじゃ? そこに参加した連中はどうして参加しようと思ったんじゃ?」

「それは……、なんでなんだろう?」

 考えることは自分でコントロールできないのなら、楠本があんな犯罪を思いつくのだって、自分で考えようと思って考えられるわけでもないということだ。

 それに参加していた連中だって、参加する意思を持って参加していたのだろうが、それだってなんでそんな意思を持ったのか?

 そういう意思を持とうと思って持てるという気もしない。

 そう考えると、そんなことを思いついたり、そういうことをやってみようと思ったのは、たまたまそういうことが頭に浮かんだだけなんじゃないだろうか?

「つまりさ、どういう考えや思い、意思を持つかってのは、自分でそうしようと思ってできることじゃねぇってことだ」

 リュウヘイが言った。

「でも、そうなるとあの強盗団の連中は自分でやろうとしてやったんじゃないのなら、連中には罪はないということですか?」

「そうじゃない。連中はやろうとしてやったんだ。だから罪はあるさ」

「でも、やろるかやらないかを自分で決められないんじゃ?」

「そうじゃねぇ。その『やろう』という意志を持つかどうかは自分の意志とは言えねぇってことだ」

「でも、それって結局一緒じゃないんですか?」

「自分で決めていないということではな」

 リュウヘイが言う。

「だったらやっぱり連中は悪くないってことにならないですか?」

「いや、なるさ。だってやったことは悪いことだ。自分の意志かどうかなんて関係ねぇ」

「そ、そうですね」

 俺はやっぱり釈然としなかった。

 しかし、もうこれ以上は考える気力が湧いてこなかった。

 そんな俺を見て、珍宝院は微笑んでいた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?