翌日からも修業は続いた。
ただ、これまでとは内容が変わった。
珍宝院が連れてくる動物を相手にするようになったのだ。
「今日はこやつから逃げるんじゃ」
そう言う珍宝院は脇に巨大な犬を従えていた。犬種には詳しくないが、見た感じ雑種のようである。顔つきはかなり凶暴そうだ。大きさはレトリーバーぐらいはある。
「逃げるって?」
「山を逃げ回るんじゃ」
「は、はぁ」
まぁ俺としてはいまさらそんなことを言われても驚かない。
「時間は?」
「日が暮れるまでじゃ」
「ええっ! まだ夜が明けたところですよ」
「ホホホ、まぁ、頑張れ。それじゃあ始めろ」
日が暮れるまでとなると十時間ぐらいはある。そんなに長時間も犬から逃げ回るのかと思うと気が遠くなった。
しかし、時間が長いこと以外は、いまの俺にとっては大したことではないと思えた。
犬なんだからいざとなれば木に登ればいいのだ。
「早よ逃げた方がええぞ」
珍宝院が言った。
「俺だけですか? リュウヘイさんは?」
「今日からは別でやる。お前だけじゃ」
「俺はそんなことは昔に散々やったからな。まぁ、頑張れよ」
リュウヘイはそう言いながらニタニタとしていた。
「わかりました」
俺は山へ向かって歩き出した。
すると、
「バウッ!」
と犬が吠えて、俺の尻に噛みついてきた。
「わあああああ!」
俺はすんでのところで飛び上がって、なんとかかわした。
しかし、尻のところがなんとなく涼しい。手で探ってみると、ズボンの尻のところが破れていた。
犬の顔を見ると、長い牙がギラっと光っていた。
「ええっ、なな、なんだ?」
さっきは気づかなかったが、その牙は十センチはあった。そんな牙が二本、上あごから伸びているのだ。
「ホホホ、こやつは普通の犬ではないわい。せいぜい気を付けるんじゃ」
珍宝院に言われるまでもなく、俺の気持ちは一気に真剣モードになった。
そして、走って山の中へと向かった。
後ろを犬が素早く追いかけてくる。
「うわわわわわわわ」
犬はかなり素早く、すぐに俺の後ろに来た。そして、すでに破れているズボンにさらに噛みつこうとする。
俺は急いで木に飛びついて、上へと登った。
これで大丈夫だ。
そう思って下を見ると、すぐ自分の脚元に犬がいた。そして鋭い牙を剥いている。
この犬は木に登れるようだ。
「な、なんでだ!」
俺は慌てて、木から飛び降りた。
すると犬もすぐに木から降りて俺を追いかけてきた。
俺は山の中を逃げ回った。
そしてそれは休むことなく日が暮れるまで続いた。
途中何度か犬に嚙まれた。
犬は珍宝院から言われているのだろう。一度噛みつくと、それ以上はなにもしてこなかった。なにもせず俺が痛がっているのを横にお座りして見ていた。
そして、俺が立ち上がって逃げ始めると、また追いかけてきた。
そんなことを繰り返しているうちに、日が暮れてきたので、俺は金満寺に戻った。
当然その間も犬に追いかけられている。もっともこれを犬と言っていいのか疑問だが。
「ホホホ、帰ってきたか」
珍宝院とリュウヘイがいた。
俺は一日中休むことなく、山を走って逃げまわったのでクタクタになっていた。
俺は寺の境内に入ると、崩れるように倒れた。
ちょうどその時に日が暮れた。
するといままで俺を追い回していた犬は、大人しくなり、倒れた俺に寄ってきた。そして、俺の顔を舐めた。
「早く起きるんじゃ」
珍宝院に言われて俺は立ち上がった。
しかし、体はガタガタである。これまでで今日が一番きつかった。
そして次の日からこの修行が何日も続いた。
俺はこれまでも大変だったが、それよりもはるかに辛かった。
そして一週間ぐらいたった朝だ。
鴉が新聞を持って寺に来た。おそらく以前にも新聞を持ってきた鴉だ。
鴉は珍宝院の元へ新聞を渡して飛び去った。
「これに前の強盗団のことが載っとる」
珍宝院は俺に新聞を渡した。
俺は新聞を開いた。
新聞には強盗団のリーダーが殺されたと書かれていた。
どうやら予想どおり強盗団のメンバーが楠本を襲ったようだ。そしてそのまま殺し、自分たちで強盗団を運営しようとしたが、すぐにメンバー全員が警察に捕まったようだ。
強盗団の一部の者が楠本の彼女も襲ったようで、彼女は強姦されて殺されていた。
なんとも酷い結末である。
強盗団の内部分裂ということで結論付けられたようだ。
「楠本がきっちりメンバーの身分証明書とかを持っていたから、全員逮捕するのも簡単だっただろうな」
リュウヘイが言った。
「そうですね。しかし……。なんかやっぱり後味悪いです」
「しかし、こいつらの欲のために何人もの人間が殺されたんだ。気にすることねぇよ」
リュウヘイは相変わらずな感じで言った。