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二十一本目:停学中の昼下がり

 後日、俺は三日、八咲は四日の停学となった。東宮という横暴な帝王を懲らしめたにもかかわらずこの仕打ちはあんまりだと抗議したが、やはり防具無しの試合が問題視された。


『君たちは喧嘩をしていたのと同じだ』


 そう言われたらぐうの音も出なかった。確かに流血沙汰になってしまった以上、これ以上の反論はできなかった。むしろこの程度で済んでラッキーと言うべきか。八咲が俺より一日長いのは、そもそも勝負を吹っ掛けたのが八咲だから、だそうだ。


 ちなみに、東宮の停学期間は二週間。今回の騒動に加えてこれまでに部活でやってきたパワハラ、モラハラが全部暴露されたためだ。


 停学を免れた香織から聞いた話だと、八咲の脇腹には打ち身があったらしい。おそらく東宮との戦いの最中に負傷したのだろう。


 だが、骨や内臓に異常はなかったらしく、今じゃ八咲と頻繁にやり取りをしているとのことだ。


 剣の感覚を鈍らせないよう、家の外で素振りをひたすらにやった。血流が加速すると思い出したように右耳あたりが痛くなった。


 でも、これでいいと思えた。東宮という暴力を打ち破った勲章なのだから。あの血沸き肉躍る感覚を繰り返せば、俺は必ず八咲を倒せるはず。


 今はただ、得た答えを大事に握り締めていればいい。

 あと、数学の課題が追加で出されていたが無視した。




 停学三日目。いつも通り赤い竹刀袋を背負って朱音の墓参りに訪れた時のことだった。


「おや、これは驚いたな。達桐じゃないか」


 どこか作り物めいた話し方。芝居がかった口調と言えば一人しかいない。


「八、咲」

「やぁ。君はいつも竹刀を持ち歩いているのだな。感心だ。側頭部のケガは大丈夫かな?」


 フリルの付いた白いブラウスと、黒のロングスカートを着た八咲が墓地にいた。


 斬ってやろうかと一瞬だけ思ったけど、朱音の前である上に、竹刀を構えていないコイツを斬るのはさすがに卑怯だ。鼻を鳴らして向き合う。


「ああ、血は結構出たけど深い傷じゃなかった。八咲こそ、脇腹は大丈夫なのか?」


 何の気なしに尋ねたら、八咲は目をぱちくりと見開いた。


「心配してくれているのか」

「おかしいかよ。言ったろ。おまえは俺が斬るんだ。だから変にケガを負って稽古できませんとか言ってほしくねぇだけだ。俺のために、おまえは不必要にケガすんじゃねぇ」


「ふん、優しいのか傲慢なのか分からんな。しかし、悔しいが、ああ、非常に悔しいが、ケガの方はただの打ち身で大したことない。君に斬られる準備はできていると言える」


 ま、斬らせはせんがな。と生意気な態度で見下してくる。


「ハッ、やっぱ可愛くねぇな、おまえ」

「私に可愛い部分を期待するのはやめた方がいいぞ」


 しばし、見つめ合って無言。雀の鳴き声が上の電線から聞こえてくる。

 どこかでまだ咲いているのか、桜の香りが風に乗って漂って来た。


「八咲、どうしてここに?」

「ん? ああ、釣師範の墓があるんだ。今日が月命日でね。毎月花を添えている」


 君は? と問い返される。俺は目の前にいる朱音に手を添えて、


「妹の墓参りだ。毎朝、稽古をしたら来てるんだ」

「妹が、いたのか」

「ああ。もう何年も前に亡くなってしまったけど」


「そうか」と言って俯いたと思ったら、八咲が俺の隣に来て、妹の前で手を合わせた。


「すまない。釣師範に供える分しか持ってこなかった」

「いや、むしろ、ありがとう」


 八咲は、「ああ」と言うだけだった。


「釣師範のところにも、お参りに」

「ありがとう、だが、気を使わなくていいぞ」


 そう言われたら黙るしかない。「そか」とだけ返してしばらく二人で妹の前に立つ。


 俺たちは何も言わなかった。言葉が必要だとは思わなかったからだ。憎き相手なはずなのに、不思議と、一緒にいることが苦じゃなかった。


 八咲の横顔を覗き見る。何を考えているのか分からない表情で、八咲は妹の墓を見つめていた。


 可愛くないけど、綺麗だな。風に靡く髪が、一層八咲の綺麗さを際立たせていた。


 雀が二羽、遠くで鳴き声を上げた時だった。


「そうだ。共に停学の身、これも何かの縁だ。学校で話そうかと思ったが話が早い。昼食は摂ったか? もしもまだなら、これから私の行くところにちょっと付き合いたまえよ」


 ぐるごろり。俺の腹の虫が鳴った。



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