正直に言うと、私は下心があってこの高校に入った。
聖ロンギヌス学園。イケメン率99%を誇り、今期から共学になった学校だ。
当たり前よね。女子がここを目指さなくて、他に何処を目指すっていうの?
私の様な中の下の女でも、姫に成れるビッグチャンスなのだから。
中学の時、友達には
「家が近いから。それ以外に志望の理由はない」
と言ったけど、自宅から電車を乗り継ぎ二時間ちょっとの通学時間。下心バレバレだったのかもしれない。
私は女子トイレの鏡の前で、自分の服装をチェックする。
おさげ髪に伊達眼鏡。
男子はこういう『自分色に染めたい女子』が好みだと、兄貴が隠し持つエロ漫画で読んだことがある。これは地味系最強の、無課金装備である!
よし。野外で行われる【新入部員勧誘フェスティバル】へ、いざ!
なぜ? なぜ私を誘わない⁉
もうこの野外フェスティバル会場を5往復もしているというのに……。
部活に入ればチヤホヤ。チヤホヤワッショイな生活が保障されること請け合い。
なのになぜ。
――由衣ちゃんっていうんだ? 可愛い名前だね! ぜひクリケット部へ!
――君のような子を探していたよ。トランポリン部、いいだろ?
拒否権、無しだぜ?
こういうのを期待してたの! 由衣は!
やっぱり私の様な中の下女子は、自分からグイグイ行かなければ駄目なのだろうか。はぁ。それじゃ何の為に、偏差値と入試倍率のクソ高いこの高校に入ったのよ……。
「うおぉぉぉぉ!」
叫びながら走っている男子生徒がいる。ラグビー部か何かかな。
でもサラッサラの栗色の髪にブレザー姿だし。
「そこの女子! これはテンプレだ! 避けないでくれたまえ!」
へ? そこの女子って私? テンプレ? 何言ってるの?
避けないでって言われても、このままぶつかるとただじゃ済まないような気がする。
私はぶつからないように、そっと道端へと移動する。
その男子は磁石の力で引き寄せられるように向きを変えた。
そして再び、私の方へ向かってくる。
って……貴様! 誘導ミサイルかっ⁉
当然、彼とぶつかり、私はゴロゴロと後ろへ転がった。
しかし私の伊達眼鏡はふっ飛ばされずに済んだ。
さすが、体の一部と言われるだけのことはある。斜めにはなったけど。
顔を上げると、そこにはぶつかってきたイケメン男子がいた。
近くで見ると、本当にイケメン過ぎるほどのイケメン。
生徒会会長タイプで細い感じ。
乙女ゲーなら即キャラ選択。重課金してあげちゃうような男子……。
重課金したことないけど。
「ごめん! 俺、よそ見をしていたから!」
いやあんた、思いっきり私を見てから軌道修正してきたよね?
避けるなって言ったよね?
彼はしゃがみ、私の膝を見て言った。
「擦りむいて血が出てるな。くそっ! 誰だよ、こんな
今ぶつかったことを謝ったじゃない!? 酷い事したのあんたでしょ!
「しょうがない。俺が連れて行ってあげるよ」
その瞬間、私の体がふわりと浮いた。
まさか! これが夢にまで見たお姫様抱っこ⁉
「うわ。なんか妹より重……」
おい。私、高一年女子の平均体重なんですけど?
ていうか、いつも妹にお姫様抱っこしてるの?
女性向けの乙女同人誌みたいな関係ね。
お姫様抱っこから解放されたその場所は、明らかに保健室ではなかった。
校舎から離れた部室棟であるので……。
引き戸の上には【シェイク部】と書かれたプレートが貼られている。
なんだろう、シェイク部って??
「さあ着いたよ、お姫様」
きたぁぁぁ! その言葉待ってましたぁぁ!
もういい! ここでいい! シェイク部?
何だかよく解らないけど私、入部する!
引き戸をガラガラと開けると、机に座る男子が目に入った。
髪は金髪の短髪。目が吊り上がっていて少しヤンキー風イケメン。
ワイシャツのボタンが留めてなくって、胸板が露わになっている。
金の細いネックレスキラキラ。
……脳内録画機能、作動中。
「なんだよその女」
「なんだよって、入部希望者を連れて来たんだよ。サキ」
入部希望者って!? この人、私の心を読んだの⁉
ていうか、先に膝の手当てをしてほしいんだけど……。
私が教室に入ると、サキという男子が軽く舌打ちをした。いやな感じ。
「イカロス。俺は女子の入部なんて認めねえぜ?」
イ、イカロス? 凄いあだ名ね。最後墜落するんだっけ。
縁起でもないというか……。
「ちょっと来いよ、サキ」
「な、なんだよ! 離せよ!」
二人はロッカーの陰へと消えた。
イカロス(以下、イカ)「どうして解ってくれないんだ! これで三度目だぞ⁉」
サキ「……女子に、シェイクがわかるとは到底思えない」
シェイクって何だろう。飲み物?
イカ「お前だって初めは理解出来ないって言ってたじゃないか」
サキ「……」
イカ「あの台風の日……お前は粗大ごみの陰で黒猫を抱きしめながら震えていた」
サキ「……拾ってやったことを感謝しろってか?」
イカ「違う! 俺はあの日、お前に輝きを見た! 最高のシェイカーになるって!」
ああ、バーテンダーか何か? シェイカー振るし。ちょっとカッコイイ部活ね。
サキ「もうお前から離れられないって、知ってて言ってるんだよな。卑怯だぜそういうの」
イカ「もう一度見たい、お前の岩塩シェイク。そして灼熱の唇シェイク」
カクテルの名前かな。高校生でカクテルなんて! めっちゃかっこいい!
サキ「でも俺、女子に裸見せるの、嫌だぜ? ジャンプする時もし見えたりしたら」
イカ「大丈夫だ。俺がサポートする。サクソングする時、ケンジャラするから」
サキ「イカロス……お前、本気なんだな? そんな危険な技を……」
イカ「当たり前だろ? いつもお前だけを見ている……から」
ななな、何言ってるのこの人たち。BL? BLなのー⁉
何回かチュッチュと聞こえた後、二人はロッカーの陰から出てきた。
「待たせたね。俺の名前は剣先 イカロス。こっちが猪俣 サキ」
本名なの⁉ それ本名なの⁉ ねえ!
サキは私の目の前に来て、耳元でそっと言った。
「俺は認めねえ。女がシェイクなんて、解るわけねえからな……」
そしてすれ違いざまに一枚の紙を私に渡してきた。
「それはステージ曲だ。俺達はスクールアイドル。その歌詞から理解してみろ。それが解らないようじゃ、話にならねえから」
スクールアイドル? バーテンダーと何の関係が??
サキは教室から出て行った。
「まったくしょうがない奴だ、サキは。今の見ただろ? すぐシェイクしやがる。ちょっと呼び戻してくる」
え? ちょっと待って? シェイクって、今したの? シェイカーは?
イカロスも教室を出て行き、私はひとり、渡された紙を見てみた。
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『夢を叶えるシェイキスト』
(スットン、ストトン、ストットストトン)
(スットン、ストトン、ストットストトン)前奏。
僕たちの、夢を叶えるシェイク
だってそれは奇跡の翼
もっと自由に 鮮やかに 錆止めの様な学園生活にしようよ
拳を突きあげ 夢のキャンバスに自由の鉛筆で描こう
岩塩岩塩! 黒猫岩塩! く・ち・び・る!
/*
もういい。もう何だかよく解らない。
2番とか読まなくても、まず1番が理解できない。
私は自分で膝の手当てをして、そっとその教室を出た。
それからというもの、私の高校生活は無茶苦茶だった。
シェイク部に追い駆け回される日々。
「うおおお! 野上 由衣ぃぃ! 避けるなぁ! これがテンプレ! ボーイミーツガールだ!」
「てめえがシェイクの何たるかなんて、わかるわけがねえ!」
何で私⁉ 何でいつも私に向ってくる⁉
しかも誘導ミサイル(サキ)が一人増えてるし!
もうやめてぇ! シェイクって何なのよぉ!
《つづく》