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第3話 岩塩の謎

 無課金装備女子を舐めてもらっては困るのよ。

 装備は何も、おさげメガネだけではない! ていうか、メガネはもういいわ。 

 私は学校の女子トイレで自分の姿をチェックした。

 ふふっ。どう? このポニーテール。男子はポニーテール、好きなんでしょ?

 そしてこの、妹の部屋から盗んだリップ。ヌリヌリ。

 スカートベルトで丈を調整してさらに短く。

 よし。完璧☆


 私は『シェイク部』部室前でハタと気が付いた。

 ていうか私、なにオシャレしてんのよ。なーに装備チェンジしてんのよ。

 だいたい、今日は部室に忘れた現国の教科書を取りに来ただけじゃないの。

 なーーに意識してんのよ。

 ていうかあいつ等。

 昨日、私のカバンと犬をロープで繋いで走らせ、そのまま部室まで誘導されて……。


――なんだショコラ。レディのカバンを勝手に持ってきちゃ駄目だろ?

――サキ。ショコラは何も悪くない。ショコラは由衣をここに連れてきたくって。

  それでカバンを……。ショコラは何も悪くないよ。ショコラは。


 あー! 思い出したらイライラきた!

 だいたい、どの世界に自分でロープとカバンを器用に結ぶ犬が居るっていうの⁉

 ていうかあんた達も犬と私と一緒に部室まで走ったじゃないのよ!

 ショコラそっちじゃない! 部室は向こうだ! とか叫びながら。

 しかもショコラとか名前付けてるけどさ!

 犬種はセントバーナードだったじゃない!

 大型犬の! 首には樽付きの! 

 ショコラと名付けていいのは小型犬! ヨークシャテリアとかでしょうが!

 まあいいか……。

 もうこれ以上、シェイク部の二人と関わり合いたくない。早いとこ現国の教科書を回収してこの場を去ろう。明日現国の小テストだし……。


 部室の引き戸を開けると、放課後だというのに中に二人の姿はなかった。

 これは好都合。あいつ等と顔を合わせるのは面倒だしね。駅まで逃げなきゃならないし。

 中に入ると机の上に現国の教科書が置いてある。置いてはあるけど、その上にポテトチップスの食べかす、くしゃくしゃに丸められたチョコレートの包み紙、潰れた紙パックジュースがふたつ置かれていた。

 あいつ等、人の教科書をなんだと思ってるのよ。 

 私はそれらゴミを避けながら現国の教科書を静かに取り上げる。刹那。ロッカーの陰から二人の声が聞こえた。


イカロス(以下、イカ)「サキ……俺もうやりたくて・・・・・たまらないんだよ……」

サキ「いつもクールなイカロスが珍しいな。ええ? そんなにやりたいのかよ」


 ……まあBLなふたりだしね。もう好きにしてよ。


イカ「サキだってそろそろやりたくてたまらなくなってきたんじゃないか?」

サキ「俺が⁉ ざけんな! 俺は別に……」

イカ「知ってるんだよ。彼女を想って一人でシミュレーションしてたこと」


 彼女? 男同士じゃないの? あれ? 誰の事を言ってるの……?


サキ「見てたのかよ。ったく! 由衣が入部したんだからしょうがねえだろ!」

イカ「無理やりやらなきゃ……収まらない。そうだろ?」

サキ「1回で済むと思ってるのか? 3,4回やらなきゃ収まんねえよ……」

イカ「だな。3,4回やれば……嫌がるであろう由衣も楽しめるかもしれないしな」


 あ、ヤバイ。完全に私、性的なターゲットにされてる。

 今私ここに居たら絶対、ナニされる。

 ナニされて彼らが卒業するまで私は性奴隷的な立場になるかもしれない。

 それに私、入部してないから。入部する気なんてさらさら無いから。

 いや、でもでも……。今まで性的な視点で見てたって事よね? 

 イケメン二人が中の下女子の私を。


 くはぁぁぁ!!! 


 しかも私を想ってシミュレーションしていただと!? おさまんないだと!?

 この私が楽しめるかもしれないだと!?

 普通の女子は「きも~い」「最低~」などと思うかもしれぬが、男子の誰からも見向きされない中の下女子の私の脳内は、いつもビッチ思考なのはしょうがない事。他の子は知らんけど。

 私がいくら望んでも、清純派恋のABCは無理だという事は、中学の三年間で嫌というほど味わったのだ。だいたいマンガじゃないんだから恋だの愛だのの最終局面はエッチしかないでしょうが。バージン女子だから想像でしかないけど。

 いや待て待て。何を考えてる私。何故今付けている下着を思い出しているのか。

 プライド無さ過ぎないか? ていうか滅茶苦茶危険な思考でしょうが。

 落ち着いて整理しよう。状況を把握しよう。

 まずはこうだ。彼等は私を性的な捌け口にしたい。私を滅茶苦茶にしたい。


 くはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 


 イケメンがか!? イケメンふたりが私を!? 光栄至極でしょうがそれ!

 落ち着かねええええ!

 この高校だって『部活の姫』に成るべく無理して入学したのだ。実はこうなる事を望んでいたのではないのか? いやしかし、これは彼等にとっては犯罪だ。我々女子の敵だ。

 じゃあこう考えよう。大人の女性だったらこういう場合、どう対処するのか。


―― 男の子だものね……。しょうがないわよね……。ほら……来て。


 だめだこれ……兄貴が隠し持ってるエロ漫画的展開じゃないのよ。

 これはこれで丸く収まりそうな気がするけど私にはまだ早い気がする。だいたいバージン女子にこんな事できるわけがない。


 その時、ロッカーの陰からサキの姿が現れた。

 私と目が合うと一瞬驚く素振りを見せたけど、覚悟を決めたかのような表情で出入り口へダッシュ。そしてドアのカギ閉め。荒い吐息。


「今日は逃がさない。絶対にだ」


 ひぃぃぃぃ! エロビッチ思考なんてしてないで逃げればよかったぁぁ!!

 ヤバいぞ? これは非常にヤバいぞ?

 サキは上目遣いに私を睨み、ニヤリと笑った。


「なんだよ……今日はポニーテールか。しかもスカートを更に短くしやがって。やる気満々じゃねえか」


 恐るべき男子のエロ目線!

 これはそういうんじゃなくってですね! 性的な意味じゃなくってですね!


「サキ。そんなに焦るなよ。まだ時間はたっぷりある。3時間くらいは……な」


 3時間って何!? 3時間!? 3時間って何よ―――――!?

 あ。そう言えばラブホテルの看板に「休憩3時間」とか書いてあったな。そういう行為をする場合、時間って決まってるものなのかしら? いやしかし、サービスタイムって言うのも書いてあった。何かしらサービスをしなくてはいけないのか、それとも女子に何かサービスしてくれる時間なのか。

 サービス。どんなエロサービスなんだろう……。

 いやいやいやいや! 今そういうこと考えてる暇ないって! この期に及んでどんだけエロビッチ思考よ私っ!


 前後から二人がジリジリと私に迫る。

 もう観念するか、マンガで覚えた李氏八極拳をお見舞いするか……。

 私のパーソナルスペースに入った時、私は俯き、あろうことか優しくしてください等と言い放った。何たる屈辱。

 サキは指先で私の顎を掬い上げた。


「優しくなんてするわけねえだろ。これからみんなが見てる前でするんだから」


 そ、それって公開何とかじゃないの! 怖い! 酷い!

 イケメンとかいっても、結局中身よね……。

 そこまで酷いことする連中だとは思わなかった。

 イカロスが私の肩に手を掛けて言った。 


「まあ、由衣は経験者じゃないだろうから辛いのは最初だけだと思うし……な」


 私の頬は火が出るほど熱くなった。

 何であんたなんかにそんな事言われなきゃならないのよ。ムカつく!

 ここはもう小説投稿サイトで読んだ「ハッスル!陳氏太極拳伝説!」を見よう見真似で繰り出すしかない! こんな連中に、私のバージンは渡せない! 私のプライドの欠片を乗せ、それを放つしかない! 公開何とかだけは絶対に嫌だ!

 はぁぁぁぁ~!(発勁はっけい準備中)力は骨より発し、勁は筋より発する!

 ハッスル!

 その時、私の目の前に一枚の紙が差し出された。

 差し出したサキの顔はなぜか照れていて、目を泳がせていた。


「お……お前の為に、きょ、曲書いてきた」


 は?

 イカロスはサキの隣に立ち、キザッたらしく私を指差した。


「2週間後。君も俺達と同じステージに立つことになる。その曲を引っ提げて……な」


 は?


「最初は恥ずかしいかもしれねえ。だがよ、3,4回やれば勘も掴めて楽しくなってくるだろうよ」

「サキも初ステージはトギマギぷにょぷにょしてたもんな」

「ああったく! 思い出させんなよ! あの時はサクソングがケンチャラしてだな……」


 は?


「とにかく、その曲を覚えておいてくれたまえよ。で、今日は3時間くらいダンスも練習する!」

「無理やりにでもステージに立ってもらうぜ? お前の中に眠るシェイクの神髄……見せてもらうからよお」 


 私は渡された紙に目を通した。


/*

『岩塩の謎』

(スットン、ストトト、ストント、ストトン!)

(スットン、ストトト、ストント、ストトン!)前奏。


 日差しが眩しい 教室で

 私の願いを ブラックボードに描いた

 財布の中身が増えるようにと 緑茶を飲みながら

 彼の為に 必ず金字塔を打ち建てる (ピラミッド! フー!)

 憎き黒猫 岩塩 アンド唇 

(岩塩岩塩! 黒猫岩塩! ク・チ・ビ・ル! アンドシェイク!)

 私の気持ちが3千文字で伝わるのかな? うううん きっと岩塩のせい

 締め切りはきっと昨日 締め切られた私の迷い 

 お願い 金字塔を打ち建てさせて


 日差しの眩しい 体育準備室で

 私のねg

/*


 もういい。2番はもう読みたくない。

 もう三度目よね? サキ、あんた誰かに恨みでもあるの? 

 毎回毎回親の仇のように岩塩黒猫唇入れてるけど。

 だいたい岩塩の謎なんて誰も知りたくないわ。

 日差しの眩しい教室って、西日か。じゃあ西日って書けや。

 日差しとか、屋外か?

 黒板に「お金が増えますように」とか描くか? しかも緑茶飲みながら?

 渋いねぇ。渋い銭ゲバ高校女子だわ。

 いきなり彼の為か。彼の為にピラミッドを建てるか。とんだエジプシャンだよ。

 3千文字って誰の規定だよ。いいよ何文字でも。

 文字無制限でお金を増やしたい理由でも書いとけや。

 締め切り? いいよいいよ。

 どうせそんなもん読んでくれる編集部なんて何処にも無いんだよ。 

 いぎぃぃぃ! 意味解らんわぁぁ!!

 会いたい会いたいばっかりの夢見る乙女ポエムより意味解らんわぁぁ!!


「あ、由衣。岩塩のせいってとこ。ここでお客さんを煽るように1回ターンしてから……」


 私の純情エロ思考を弄びやがって。弄びやがって。弄びやがって。

 サキは私の顔を覗き込んで言った。


「んああ? なんだよ由衣。弄びやがってって。ああ、解ってきたじゃないか。岩塩のせいで弄ばれた心。良いじゃないこれ。これいいじゃないこれ。ったく、由衣もなんだかんだ言ってシェイクが解ってきたようだな。じゃあ直しておくよ。良くなってきたぜ!」


 私は「よかねえよ!」と叫びながら発勁し、二人をぶちのめした。

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