月光降り注ぐ、崩れかけた舞台上。
その白銀の龍は降臨する。
巨大な羽根が羽ばたいても風は凪ぎ、巨体を支える枝は揺るがない。
当たり前に自然を従え。
造作もなく雲海を割り開き。
合間に見える叢雲と黄金の真円を背負うその姿はまさに――
「――龍神、さま……」
ただ在るだけ。
矮小な人間たちへ根源的な畏怖を刻みつけるには、それだけで十分だった。
◇ ◇ ◇
大きな手の上で風に吹かれてぼさぼさになった髪を慌てて整える。
そんな私を、ヤトはボロボロの舞台へと下ろした。
舞台の床は形を保ってるのが不思議なくらいの惨状だった。……冷静になってみるとこんなところで全力で踊ってた私って、ちょっと頭どうにかなってたよね。実際崩れたし。
さすがに冷静になったのもあってちょっと怖かったけど、いざ体重をかけてみれば不思議と揺れるどころか軋む音一つすらしない。
着地する前にヤトが舞台へ指を向けて何かしてたけど、それのおかげかな。
私がそんなことをしてる横で、ヤトは自分の姿を見て驚愕する人たちをじっと眺める。
『どうした人間、喜ばないのか? 貴様らの信仰する守り神が帰還したのだぞ?』
鋭い牙を覗かせる大きな口は動いてないのに、頭のなかに声が響く。
「うぉ、なんだこの声……?」
「まさか、龍神様がやってんのか……?」
『ふん、感謝の一つどころか喜びもしないとは。甲斐のないことだ』
ヤトが目を細めると揺れる人波から私の方へと視線を移してきた。
促されるようにして私は口を開く。
「皆様のご協力もございまして、ご覧のとおり私は……。私は、巫女としての責任を果たすことができました」
「……」
「この結果を以て、当代巫女である私の不手際により村の守り神を失ったことへの処罰、及び私とヤト様へかけられた嫌疑による処刑の取り下げをしていただきたく」
「……」
「どうか、お願い申し上げます」
ざわざわと囁き声が聞こえる。
外から来た枝渡りの人たちは処刑という言葉に、村の人たちは本当に戻ってきた龍神様に驚き、顔を見合わせるばかりだ。
だけどそのうち、彼らの視線が自然と一か所に集まり出す。
『……おい、止まり木村の長。どうなんだ?』
焦れたヤトが鼻を鳴らして、一向に何も言わないその人に水を向ける。
村長さんは、白髭に覆われた顔を苦悶に歪めた。
「……こたびの件に、関しては……」
『何を躊躇っている。ここにいるキリノは貴様らが放り投げてきた条件を、度重なる嫌がらせにも屈せず満たしたのだぞ』
「し、しかし――」
『……しかし、だと?』
ヤトの頭が持ち上がり、村長がビクリと震えた。
首を伸ばして大きな顔が演奏席にいる村長の眼前にまで迫る。
『なんだ? その先を言ってみろ』
「……っ」
『どうした? 言えないのか?』
「……いえ、その……」
『まさかとは思うが貴様……この期に及んでくだらない粗を探し、巫女との約束を反故にする気ではあるまいな?』
「ひっ」
剣呑な光が縦に裂ける瞳に宿り、鋭い牙の生えた口が開く。
容易く丸呑みできそうなそれを見て、村長は短い悲鳴を上げた。
『……村の基部をすべて龍巫女一人に押しつけ。出来損ないと評しながら手を貸すこともなく我関せずを貫き。そのくせ何かあれば烈火のごとく批判し。この理不尽な状況のなかで見事重過ぎる責任を果たした村の救世主に賞賛の一つすらもない』
「…………」
『それどころかさらに貶めようなどと。……そのような愚かな真似を本気でするつもりだったのかと聞いているのだが?』
「はははは! いやぁまさか本当に龍神様がお戻りになるだなんて! これは巫女様への評価を少し改めないといけませんなぁ。なあドロテア」
「あら、そこまでするのはどうかしらねぇ、あなた」
張り詰めた緊張のなかを、場違いに陽気な笑い声が響く。
黙り込んだ村長さんの代わりに出てきたのは、村では珍しい金色の髪と青い目を持つ男女。
『貿易家系のブルクハルトとドロテアか』
「おお、お声を聞かせてもらえるだけでなく、私たちのことまでご認知いただいているとは! 光栄ですなぁ!」
『余計な世辞はいらん。貴様らのことだ、何か言いたいことがあって出てきたのだろうが』
まるで自分たちが村の代表であるかのように。
まるで自分たちが相手と同等の存在だと思ってるかのように。
「……ええ。畏れ多くも申しげたいことがございます」
ブルクハルトとドロテアは、立ちはだかった。