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☆困っているのに

「せっかくですから部屋を用意しますので、今日は泊まっていってください。積もる話もありますからね」


 そう提案してくれたラッセルの言葉に甘えて、大聖堂で一晩を過ごさせて貰うことにした。

 あたたかな食事と、綺麗な部屋。そんな中で想い出話をしていれば当然、気がつけば夜が深くなっていた。


「すやぁ……♪」

「……相変わらずこの子は、寝相が悪いようですね」

「野宿のときは結構大人しいんですけどね……」


 地面で寝るのと比べれば、ベッドの方がふかふかなので安心するのかもしれない。

 寝冷えしてはいけないので、動きすぎてめくれてしまったリーナの寝間着を戻して、お腹をしまってあげた。


「それにしても……リーナが周りになにもいっていないというのは驚きました」

「よほど、あなたに会いたかったのでしょう。二十年我慢して、とうとう限界が来た……というところです。もちろん、私も寂しかったですよ」

「……それは、本当に悪かったと思っています」


 黙っていなくなっても、みんななら元気でやっていくと思っていた。

 実際、私がいなくても問題はなかったのだろう。リーナは魔法学園という教育機関をつくったし、ラッセルも教会に貢献している。

 けれど、問題がなければ寂しくないわけではない。私は、そこをきちんと理解していなかった。

 私がみんなを大好きなように、みんなも私を好きでいてくれるのだと、分かっていなかったのだ。


「十年近くもいっしょに旅をしたのに、みんなのことをきちんと分かっていなかったのですから、最年長としてはお恥ずかしい限りです」

「反省したのでしたら、今度からはもう少し間を開けずに会いに来てくださいね。私やスタンは、あと五十年も生きれば良いところなのですから」

「……はい、そうします」


 私のようなエルフと違って、彼らは気がついたらいなくなってしまう。

 そのときにもう後悔しても遅いのだということを、今の私はきちんと理解していた。


「実際のところ、リーナも私に会えば怒られるということくらいは分かっていたでしょう。それでも彼女が、あなたを私たちに会わせるためにここと王都につれていこうとしたことは褒めてあげましょう」

「そうですね……たぶん、聖書チョップまで飛んでくるのは予想してなかったとは思いますが」

「それなりのことをやらかしたのは本当ですから。さらにあなたとまったく同じことをしたことを棚上げしてあなたがいなくなったことについて説教したことも加味すれば、天罰ポイントは余裕で聖書チョップに届きます」

「天罰ってポイント式で決まるんですか……?」


 天罰についてはさておき、ラッセルの言うとおりだろう。

 王都から勝手にいなくなったというのなら、リーナだってラッセルに会えば小言のひとつが飛んでくることくらいは分かっていたはずだ。

 このあとの王都行きだって、王様に呼び出されて説教される……くらいではすまないかもしれない。

 それでも、彼女は私を戦友たちと引き合わせようとしてくれていた。私の重い腰を押して、ここまで一緒に来てくれた。そのことについては、感謝すべきだろう。


「……王都にいったら、私もリーナといっしょに王様に謝りますよ」

「そうしてあげてください。まあ、リーナもこの二十年で充分すぎるほど努力をしています。今更彼女がいなくなったくらいで学園が崩壊するようなことはありません。が……誰にもなにも言わずにいなくなる、というのは周りを心配させますからね」

「う……き、肝に銘じます……」

「ええ、是非そうしてください」


 遠回しに私の所業も含めて怒られていることくらいは分かるので、素直に頭を下げておく。

 私がきちんと反省していると分かってくれたようで、ラッセルは満足そうに己の下顎を撫でた。


「さて、明日は街で物資を揃え、そのあとは王都に向かう……ということでしたね」

「はい。調味料とか道具とか、いくつか揃えてから出発しようと思っています」


 かつての旅のように男手があるわけではないけれど、リーナの魔法のおかげでそれなりの荷物が運べることが分かった。

 聖都は大きな街なので手に入るものも多いだろうし、もう少し色々買い足していきたい。


「では、私も久しぶりに王都へ出向きましょうか。そうすれば、四人揃って同窓会ができますし」

「あ……それなら、一緒に行きますか? ラッセルがついてきてくれるなら、心強いです」


 魔王が倒れて世の中は比較的安全になったとはいえ、魔物が居なくなった訳では無いし、先日のように襲われることもある。

 場合によっては私だけではリーナを守れないかもしれないので、前衛をしてくれる仲間がいるとありがたい。


「いえ、それは遠慮しておきましょう」

「え……」


 ラッセルは、私の提案に直ぐに首を横に振った。

 断られるとは思っていなかったので、面食らってしまう。


「誤解のないように言っておきますが、あなたたちと一緒に行きたくないとか、そういったことではありませんよ。むしろ、またみんなで旅ができれば楽しいでしょう」

「じゃ、じゃあ……どうして、ですか?」

「単純な話です。あなたたちが、ふたりで旅をするべきだと思ったからです」


 相手の言葉の意味がわからず、私は戸惑う。

 ラッセルはぐっすりと眠っているリーナの方をちらりと見て、それからもう一度私と視線を合わせた。

 細く鋭い、だけど温かみのある目で私を正面から見て、彼は言葉を作る。


「シア、あなたの気持ちは……少しは分かっています。目的のない自分には価値もないのではないかと、悩んでいるのではないですか?」

「……ええ、その通り、です」


 ちくりと傷んだ胸の内を、否定することは出来なかった。

 この期に及んで強がりや誤魔化しを言うには、ラッセルの瞳は真摯で、まっすぐすぎる。

 なにより、また二十年前のように逃げて、彼が私を心配してくれる気持ちを蔑ろにしたくなかった。


「私としては、目的がないならぜひ我が神を信仰することを目的としてください……と、言いたいのですが、その程度であなたの不安が解消されるとは思えません。私の生きてきた時間の何十倍と、あなたはそれで苦しんできたのでしょうから」

「……はい」


 彼の言うとおり、私の中にあるこの劣等感や焦燥感にも似た感覚は、何百年も前からあるものだ。

 そこから逃れる方法を探して、世界各地を巡っていたこともある。

 魔王討伐に志願したのも、そのひとつでしかない。


 結果的に彼らとの旅は私のこれまでの人生で最も大切な『想い出』になったけれど、『それだけ』だった。

 魔王が居なくなった途端、私はまた生きる目的を無くしてしまった。

 そして私は、世界が平和になったということも素直に喜べない自分勝手な己に嫌気がさして、彼らから逃げてしまったのだ。


「……シア。私はあなたと比べればはるかに子供で、言葉には重みはないかもしれません」

「そんなことは……ラッセルのことは尊敬していますし、あなたの言うことは軽くなんてありません」

「ありがとうございます。ですが……私とあなたでは、決定的に生きる時間が違う。だから私は本当の意味で、あなたに寄り添うことができないのです」

「あ……」


 彼が言った、『あと五十年生きれば良いほうだ』という言葉を思い出す。

 私にとってその時間は、気がつけば過ぎ去ってしまうような、短い時間だ。

 二十年という時間を、現実逃避しているだけで消費できてしまうように。

 だけど彼らにとっては、命の終わりが見えるくらいの長い時間なのだ。


「……ですが、リーナは違います。彼女は己の魔力によって、身体の時間がほとんど止まっている。この世界で唯一の『魔女』である彼女は、あなたと時間を共有できる存在です」

「…………」

「私とスタンは、旅を終え、『余生』という時間に入りました。人生でこれだけは達成したいと思った大望を成した、十分すぎるほどに幸いな人生です。しかしあなたと……そしてリーナは、まだ旅の途中です」

「リーナも……ですか?」

「ええ。この子もまた……あなたと同じように、苦悩の中にあります」


 意外、とは思わなかった。

 リーナは私の前でいつも元気で明るく振る舞っているけれど、なにも考えていないわけではない。むしろ思い悩むと長いし、我慢強く痛みに耐える子だ。

 二十年ぶりに私に逢いに来たことが、『なんとなく』や『懐かしさ』だけではないことくらいは、私にも分かっていた。


「まあそれはいずれ、彼女からあなたに話すべきでしょう。つまり私が言いたいのは……悩みがあるもの同士で助け合って旅をして、ふたりで答えを見つけるべきだ、ということです。少なくとも私は、そう思います」

「……分かりました。ラッセルが、そう言うなら」


 彼の言葉には、いつも重みがある。

 それはラッセルが神の信徒というだけではなく、彼自身の人柄を私が知っているからだ。

 常に周りのことを考えて、慎重で、けれど必要であれば恐れを抱かず前へ行く。

 そんな彼の言葉なら、信じられると思った。


「それに、お邪魔虫がついていって睨まれたくはありませんからね」

「お邪魔虫って……そんなこと、私もリーナも思いませんよ」

「いえ、人の恋路を邪魔するモノは馬に蹴られるといいます。我が神も恋愛は推奨していることですし」

「ふゆっ……!?」


 突然の話題に、私は椅子からずり落ちかけた。

 私の反応がよほど面白かったのかラッセルは、く、く、と喉奥を鳴らしてこちらを見る。


「あ、あの、それってやっぱり、リーナの……」

「さあて、それを私から話すのも野暮でしょうから。まあ、彼女のことを憎からず思っているのなら、『そういうこと』も考えてみればいいのでは?」

「うぅ……そっちはアドバイスとか無いんですね……」

「はっはっは。独り身の私が恋愛相談などおこがましい。町の占い師にでも尋ねた方がよほど良い言葉が貰えますよ」


 楽しそうに笑いながら、ラッセルが立ち上がる。

 顔の熱さのせいで、私は彼の顔を見ることができなくなっていた。


「それでは、私はそろそろ失礼します。おやすみなさい、シア」

「……おやすみなさい」


 重さのある足音が遠ざかり、丁寧にドアが開け閉めされる。

 静けさが訪れた部屋の中、リーナの寝息だけが聞こえてくる。

 机に突っ伏して、私は深く吐息。


「……憎く思っているわけ、ないじゃないですか」


 あの聞き方は、ちょっと意地悪なのではないだろうか。

 憎からず思っているのなら、なんて。私がリーナのことを好きか嫌いかなんて、言わなくても分かるだろうに。


「……嬉しい気持ちより、戸惑いの方が大きいから困っているのに。うぅ……」


 頬の熱にあてられた私は、眠気が来るまでしばらくそのままもやもやとしているのだった。


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