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☆それなりに賑わっていたのですよ

「それにしても……本当にリーナがいると、旅が快適になりますね」

「えへん」


 どやっ。

 ものすごく誇らしげな顔で、リーナが胸を張る。

 実際、本当に彼女の魔法のお陰で助かっている。

 調理器具と調味料を新調、追加できたので、ものすごく料理の幅が広がったのだ。

 さらに火種や水といった料理に必須のものすらも彼女の魔法で用意ができるのだから、もの凄く手順や時間、手間が節約できる。


「物を小さくする魔法はボクしか使えないけど、火起こしと水の魔法は学園の生徒たちに最重要で覚えさせるようにしててね。今では旅をするなら魔法使いを連れていくのが当たり前だし、なんなら旅の手伝いを仕事にしてる学園の卒業生もたくさんいるよ」

「確かに、火と水が気軽に得られるのと得られないのでは大違いですからね……」


 料理に限らず、衣服や身体の清潔を保つためにも水は必須だし、炎は獣避けとしても機能する。

 どちらも旅には欠かせないもので、それを環境を選ばずに出せる魔法の存在は大きい。

 実際、かつての旅も彼女が加入してから大幅に快適になったのだ。砂漠や雪山のような極地でも、気軽に活動ができるようになったことで、私たちは『他の勇者たち』よりかなり広い範囲で活動することができた。


「…………」

「……? どうしたの、シア?」

「いえ、なんでもありません。さ、あたたかいうちにご飯を食べましょうか」

「うん、いただきます!」


 嬉しそうに両手を合わせ、リーナが朝食へと取り掛かる。

 明るく上機嫌な彼女を見て、出会ったときと随分変わったなとしみじみ思ってしまうのは昨夜、昔の夢を見たせいだろう。

 まだ、彼女が災厄として、世界の敵として見られていたころ、こんなふうに笑うことはなかった。

 あの日、自分が見たことを信じてくれる仲間がいてくれて良かった。そんなことを思いつつ、私も食事に手をつける。


「うーん……この教会パン、普通に美味しいね。見るたびにラッセルのこと思い出して微妙な気分になるけど、味は美味しい」

「シンボル焼き印が入っている以外は、ふつうによくできたパンですね。くせがなくて、どんな料理にも合います。それが最後なので、味わって食べましょうか」

「うーん、そう思ったらちょっと名残惜しいな……あむ」


 感慨深い顔をしつつ、リーナが教会パンにかぶりつく。

 聖都で食材の補充もしっかりとしたとはいえ、食べ物には美味しく安全に食べられる期限というものがある。

 リーナの魔法で温度を低く保つことで多少長持ちはするけれど、それでも限度はあるので、腐りやすいものからの消費だ。

 そんなわけで今日の昼食は、魚と野菜をミルクで煮込んだものにパンに浸しながら食べるというメニューになった。


「王都まではまだ距離がありますから、途中で村や町に寄ったり、山菜や動物、魔物を食材としてとる必要がありそうですね」

「のんびりでいいと思うよ。急がないとどこかの国が滅びる、なんてことはもう無いんだしさ」

「そうですね。気軽に、焦らず行きましょう」


 魔王が倒れた今、世界に大きな驚異はない。

 魔物がいなくなったわけではないけれど、かつてのように魔王の指揮の元に統率されていないので、その被害は激減している。

 完全にゼロではないにせよ、悪意を持って人里を襲う魔物は、今はごく一部だ。


「……ちょうど魚もこれで終わりですし、次は海の生き物を狙ってみましょうか」

「海?」

「ええ、王都に行くには少し遠回りになりますが……海沿いでも、歩いてみませんか?」


 大陸の地図はある程度頭の中に入っているので、多少道をそれたところで問題は無い。

 私の提案に、リーナはぱっと顔を明るくして、


「いいね、王都暮らしだとなかなかいけなかったし、いきたい」

「ええ。ただ見ているだけでも面白いですしね。私もずっと森で暮らしていたので、海の方へは久しく行っていませんから」


 こうして私たちは気軽なノリで、王都の近くまで海沿いを通っていくことに決めたのだった。




◇◆◇


 街道を進み、分かれ道があれば海の方角へ。

 疲れたら休憩をとり、美味しい食事とあたたかなお茶を頂き、少しだけ眠る。

 そうして歩いていると、少しずつ、風に潮の匂いが混ざりはじめた。

 わずかに冷たく、肌に刺さる空気。けれど嗅覚に触れてくる深い香りのお陰で、不快感はない。

 やがて見えてきた場所に、リーナは紫の目をいっぱいに見開いて、


「海岸、見えたね」

「ええ、もう少しですね」


 私の視力では随分前から見えていたのだけど、ようやくリーナからも見える距離になったらしい。

 彼女の軽い歩調に合わせて、少しだけ早足になって海岸にたどり着いた。


「うひゃー……綺麗だね」


 潮風に煽られる銀髪を抑えて、リーナが楽しげな声をこぼす。

 彼女の言うとおり、海の色は美しかった。

 空とはまた違う、深い青の輝き。水質は良好なようで、少し遠くの方まで海の底が透けて見えている。

 潮風に髪が遊ばれるのを心地よく感じながら、私は周囲を見回した。


「……この様子なら、魔物に急に襲われる、ということは無さそうですね」

「昔は海岸とか魔物だらけだったよね。今は、一部の海は観光地になってるんだって。魚がよく捕れるところは村ができたりとかもしてるみたいだよ」

「魔王が現れる前に戻ったということですね、良いことです」

「……魔王がいなかった頃は、海にもっと人住んでたの?」

「ええ。『彼女』が……魔王が世界を脅かすようになって、たくさんの国や文化が滅びましたので。もはや一部のエルフくらいしか覚えていないでしょうが……六百年くらい昔はここにも村があって、それなりに賑わっていたのですよ」


 私は魔王がこの世界に生まれる前から生きているので、魔王が現れるより前の世界のこともそれなりには知っている。

 魔王は魔物を率いて、世界に戦いを挑んだ。その結果として、海や山といった魔物が多く住む場所は危険な土地に様変わりした。

 今はこの土地に、人影はない。ただ、あの頃と同じように綺麗な海が広がっているだけだ。かつてここに人が住んでいたなんて言っても、ほとんどの人は信じられないだろう。


「魔王の侵攻によって、小さな村はなくなるしかありませんでした。今残っている海沿いの町は、元からそれなりの防衛能力があったところです」

「そっか……」

「まあ、魔王の存在とは関係なく、ふつうに人同士の戦いや営みの衰退、魔物の襲来などでなくなった国や町もたくさんありますけどね。特に海沿いは、嵐や津波が来るとすぐ壊滅しますから」


 寂しいのではなく、懐かしい感覚。

 純血のエルフである私の寿命は長く、多くのことを経験する。

 当然想い出も多く、それを思い出すだけでも暇つぶしには困らないほどだ。


「さて、それではゆっくりと王都の方面へと向かいましょうか。途中で村や町があれば、海産物が期待できますし……そうでなくても、釣りや素潜りで採っても良いですしね」

「漁とかするなら、ボクの魔法で捕まえるって手もあるよね」

「……爆破とか雷で大量に捕るのはナシですからね?」

「さすがにそこまでしないよ……昔それやって怒られたの、ちゃんと覚えてるもん」

「あのときは爆破で必要以上の量を捕ってしまった上に、派手に音立てて魔物を呼び寄せましたからね……」


 微妙に苦い記憶を思い出しつつ、私はリーナと並んで砂浜を歩き始めるのだった。

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