海沿いは風は涼しく、夜はそれなりに冷える。
しかし森とは違って日光や空気の流れを遮るものが少ないこともあり、日中は少し暑いときもある。
この国の気候は通年ある程度安定していて、東の国のように一年で何度か変動するなんてことはないけれど、今日は少し気温高めだ。
さらには風が海を撫でて湿度を運んでくることもあり、ちょっとべたついた雰囲気もあった。
「あつー……」
「ローブ、脱ぎます?」
汗が気持ち悪いようで、リーナがぱたぱたと自分の手のひらで顔をあおぐ。
私の方も、少しだけ背中に気持ち悪さを覚えていた。
汗や潮風で服や身体が汚れること自体はリーナの魔法で水が出せるのでどうとでもなるのだけど、今この瞬間の不快感だけはなんとも軽減しづらい。
「……魔法で思いっきり涼しくしようかな、周り」
「命の危機を感じるほどではありませんし、あまり環境を大きく変化させるのはやめておきましょう。周辺の生物や植物にへんな影響があると困りますからね」
生き物の中には特定の温度で元気になったり、極端に弱ったりするものもいる。
火山地帯や雪山のように、対策しなければ自分の命が危ない場合以外は、あまり環境や地形を変化させる魔法の使用は避けたいというのが私の考え方だ。
大きな環境の変化は、なにを引き起こすか分からない。一時は問題なくてもあとあと危険な魔物の大量発生や、作物や資源の不作につながってしまう可能性もある。
「んー……じゃあさ、ちょっと休んでいこうよ」
「……そうですね。せっかくですし、冷たいお茶でも用意しましょうか?」
リーナの魔法で氷を出してもらえば、お茶を冷やすこともできる。
波の音を聞きながら、ゆっくりとティータイムというのもいいだろう。
私の提案に、リーナはにっこりと笑って、
「ううん、どうせならもっと良いことしよ?」
「良いこと……?」
「うん。たとえば……ほらっ」
「……水着?」
下着よりも分厚く、さらりとした生地。
いかにも水を弾きそうな質感は、魔物の素材由来によるものだった。具体的には、水性系の魔物の皮膚。
水中での作業、あるいは行楽のために生み出された衣類を、リーナは楽しそうに広げて、
「うん、水着。せっかく海に来たんだから、遊ばなきゃだよね。こんなこともあろうかと、聖都で買っといたんだ」
「なるほど……良いですね」
急ぐ旅ではないのだから、そういう寄り道もありだろう。
リーナの準備の良さに感心しつつ、私は頷く。
「それでは、リーナは遊んできてください。私はその間に、木の枝や葉っぱでも集めて簡易の日陰を作って休む準備をしておきますよ」
「へ、なに言ってるの? もちろんシアも一緒に遊ぶよ?」
「え?」
予想してなかった言葉に、変な声が出た。
「……いえいえ、私は水着を持っていませんし」
ひとりで、他人の気配のないところなら全部脱いでというのも悪くは無いけど、今はリーナといっしょだ。
いくら仲間の前でも、裸で水浴びはちょっと恥ずかしい。
遠慮の意味を込めて一歩を引くと、離れた分以上にリーナが距離を詰めてきた。
「大丈夫、シアの分もあるから」
「なんであるんですか……!?」
「そりゃもう、こんなこともあろうかと買っといたから」
いやそれは準備良すぎませんか?
「いやいやいや、サイズとかたぶん合わないでしょう、水着ですよ?」
水着は下着と同じように、体型にある程度は合わせる必要のあるものだ。
上着やスカートのように、多少ゆったりでも大丈夫というわけにはいかない。
「いや、ボクがシアの体型を間違えるわけないでしょ? 絶対ちゃんと合うよ」
「それはそれでなんでですか……!?」
同性とはいえ、仲間に身体のサイズを把握されてるのはだいぶ恥ずかしい事実なんですが。
十年くらい一緒に旅をしていたし、その中では何度か一緒にお風呂に入ったこともあるけれど、なんで覚えてるんだろうか。
私だってだいたいは分かってるけど、きっちりとは把握してないのに。
「どうみても二十年前と体型変わってないし、ぜったい大丈夫だって! ほらこれ!」
「た、確かに体型維持は何百年としてますけど……わ、わ」
ほとんど無理やり押し付けられて、逃げられない空気になる。
リーナは紫の目をいっぱいに見開き、きらきらした視線を上目遣いで投げてきた。とても断りづらい。
「シアだってずっと着込んでたら暑いでしょ、ちょっと一緒に涼もうよ、ね?」
「う、うーん……す、少しだけですよ?」
結局、リーナの勢いに勝てるはずもなく。
押し切られた私は、困ったままで頷いてしまった。
◇◆◇
「露出多くないですか……!?」
「今は肌出すの流行ってるよ? あとこれ、作業用じゃなくて遊び用だからね」
「二十年でそんなはれんちな風潮に……!?」
渡された水着は、着てみると思っていたより肌が出ていた。
というか、ブラみたいなものとぱんつみたいなもので別れていて、ほとんど下着みたいに感じる。
お尻も半分くらいでているような気もするし、これ本当に水着なんだろうか。岩に引っかけたら破れそうなフリルまでついていて、とても心許ない。
素潜りや漁をするためのものではなく行楽用で、つまりおしゃれ着ということだけど、それにしたって恥ずかしい格好のような気がする。
「…………」
「……リーナ?」
「……良い」
「なにが良いんですか、おばあちゃんにこんな服着せて……というかリーナの方は全然露出がないじゃないですか、私もそっちでよかったですよね!?」
リーナの来ている水着は、お腹とかしっかり隠れていた。
足や腕は肌が出ているけど、ふりふりした装飾も彼女の方が多いこともあり、露出が随分少なく見える。
私の方は上も下も紐で結ぶ形式で、たぶん激しく動くとほどけて大変なことになってしまいそうだ。
「いや、ボクは身体小さいし薄いから、こっちの方が似合うし。ちなみにボクの方はワンピース、シアの方はビキニっていうの」
「知りませんし聞いてどうしろって言うんですかっ……!?」
「まあまあ、というか前も温泉とか一緒に入ったのに、今更恥ずかしがることなくない?」
「中途半端に着てるから妙に恥ずかしいんですっ……!」
「えっと……じゃあ、全部脱ぐ?」
「そういう問題じゃ有りませんっ……!!」
それにお風呂や沐浴は身体を洗うためで、裸になるのは当たり前だ。
同じ水を浴びるのでも純粋に行楽が目的なのに、こんなにもはれんちな格好をするのはちょっと抵抗がある。
「大丈夫だって、ボクしか見てないし。むしろボク以外が見たら魔法でまぶたを縫い付けるし」
「いや、そこまではしなくて良いですけど……うぅ……」
というかその言い方だと、他人が見たらえっちに見えるって肯定していませんか?
悪意ではないのだろうけど、リーナからの個人的な意図を感じて恥ずかしい。
彼女の好き、という言葉が、私が思うとおり、友人の言うとおりに『そういう意味』なのだとしたら。
今、彼女がニコニコとした顔で向けてきている視線も――
「っ……」
――意識した瞬間、恥ずかしさがぐっと増した。
顔が紅くなっている自覚があるし、なんなら身体全体が熱を持っている気がする。
「……あんまり、見ないでくださいね」
隠れるべきところはきちんと隠れていると分かっていながらも、私は自分の身体を抱いて、ちょっとでもリーナの視界から外れようとした。
「…………」
「……リーナ?」
「あ、ごめん、ちょっと破壊力が高くて言葉がどっかいってた。大丈夫、似合ってるよシア」
「ううぅ、似合ってるとか似合ってないとかじゃなくて恥ずかしいんですってばっ……!」
「遊んでるうちに気にならなくなるよ、ほらこっちこっち!」
「わ、ちょっと、も、もうっ……」
引かれる手を振りほどけずに、リーナに引っ張られるままに私は海へと足を踏み入れる。
波の冷たさは少しだけ体温を下げてくれたけど、その程度では恥ずかしさが消えることはなかった。