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☆掴まっていていいですよ

 海岸線をなぞるように、やや遠回りで王都へと向かうというルートを選んで数日。

 私たちは海際にあるちいさな村に滞在していた。


「リーナ、そろそろ行きましょうか」

「うん、今行くよ」


 客人である私たちのためにとあてがわれた空き家で、私たちは支度をする。

 旅の道中では常に持ち歩いているザックをそのままに、弓と杖という手に馴染んだ道具だけを持ち、私たちは海へと向かう。

 朝日がゆっくりと昇ってきて、光の温度と潮の香りを感じていると、あちこちの家の扉が開いた。


「おはようございます、シア様、リーナ様!」

「今日もありがとうございます……お気をつけて」

「まじょさまー! しあさまー! がんばえー!」


 一日がはじまり、村人たちがそれぞれの役割のために動き始める時間。

 多くの人たちが私たちに挨拶や言葉をかけてくれるので、それに手を振ったり言葉を返したりする。

 魔王のいる時代を知らない子供たちは気軽に、知っている大人たちは少しだけ大仰にこちらに対応してくれる。どちらもくすぐったいけれど、正体が分かっている以上は仕方が無い。


「歓迎されてるのは嬉しいけど、ちょっとソワソワするよね、こういうの」

「元々の性格上、目立つのが得意かと言われるとそうではありませんからね……スタンやラッセルがいればノリノリだったでしょうが」


 ラッセルは布教活動に熱心だし、スタンは目立ちたがり屋な方だ。

 逆に私とリーナは地味というか、知らない人と話すのが得意な方とはいえない。

 とはいえ、向けられてくる好意を無下にするほどひねくれているわけでもなく、話しかけられれば笑顔を返すくらいの社交性は、私にもリーナにも備わっている。

 そうして朝の挨拶を交わしつつ、私たちは簡易的に作られた船着き場へとたどり着いた。

 木材によって組まれた足場、そこに繋がれた一隻の小舟の前に、初老の男性が立っている。彼はこちらに気づくと、しわの刻まれた顔を柔らかく笑みにして、


「すみませんね、シア様もリーナ様も毎日付き合ってくださって……」

「いえいえ、通りすがりですから」


 漁をするための舟、その船頭である男性の言葉に、丁寧に返答する。

 挨拶もそこそこに、私たちは小舟に乗った。三人でも手狭な小さな舟だけど、普段は彼ひとりしか乗らないものなので、仕方が無い。

 係留用のロープが外され、船頭の男性がゆっくりと舟をこぎ始める。


「わわ……」


 小さな波でもぐらつく環境の中で、リーナが自前の杖をついて踏ん張った。


「リーナ、大丈夫ですか?」

「な、なんとかね……どうしても揺れるね、舟の上だと。ぜんぜん慣れないや」


 今日の天気は快晴で、風も波も少ない。

 それでも小さな舟はちょっとしたことで揺れて、元々インドア気質なリーナはそれだけでふらついてしまうようだ。

 彼女がうっかり転んでそのまま海へと落ちないように、私はリーナの肩を抱き寄せた。


「わ、わわっ」

「あまりふらつくと、それでまた舟が揺れてしまいますからね。私に掴まっていていいですよ」

「う、うんっ……」


 おずおず、といった感じで、リーナが私の腰に手を回す。

 私の方はこういう環境にも慣れているので、彼女ひとりを支えるくらいはどうということもない。

 リーナの頭を半ば無意識で撫でながら、ゆらゆらと穏やかに揺れる水面を眺めて数分。

 狙っていたものが、やってきた。


「……ようやく来ましたね」


 まだ遠く、水平線に近い位置。

 穏やかな凪の水面を砕くようにして、それが跳ねた。


「出たっ……!!」


 現れた生き物が目的の存在だと、船頭のおじいさんの反応が教えてくれる。


「イルカ……いや、サメっぽい? あんまり見たことない感じだね。シア、種類とか分かる?」

「いえ、まったくの初見ですね。海に関しては私も知らないことだらけですから、あれが新種なのかどうかも分かりませんが……聞いていたとおり、魔物であることは間違いなさそうです」


 海は広く、そもそも人に適した環境ではない。

 数百年かけて世界を巡った私でも、海は知らないことや見たことのない生き物ばかりだ。

 だから今、目の前で高く跳ね上がった魔物もはじめて見る個体。

 サメに似たその魔物は、三メートルほどの巨体だった。

 さらには頭の先端についた角から、明確な魔力を感じる。すでに、攻撃の準備が整っている証拠だ。


「リーナ、頼めますか」

「はいはいっと」


 気軽な言葉が返ってくると同時。

 魔物の角から、魔法の光が放たれた。

 こちらに向けて突っ走ってくる光の色は、蒼く鋭く、そして速い。

 瞬きひとつするほどの時間もかけずに、雷の魔法がリーナの展開した防御膜に激突した。


「うわ、まぶしっ」


 ゆるく、慌てた様子のないリーナの声と、僅かな船の揺れ。

 魔物が放った魔法の成果は、それだけだった。

 当然、まともに直撃していれば、こんな小さな船は一撃で木っ端微塵にされていただろう。

 けれど、リーナの魔法による防御がある限りは問題ない。魔法は直撃せずに弾かれ、その余波すらもさざ波と呼べるほどのものになっていた。


「シア、あとは……」

「ええ、もちろんです」


 既に、弓弦は引き絞り、狙いは定まっている。

 おそらくは己の魔法で感電しないために、そしてこちらに狙いをつけるために水面から飛び出たのだろう相手はまだ、跳躍の最中だ。

 魔物の巨体が海に落ちて水面に紛れてしまう前に、私は魔力の矢を放った。

 ふ、と息を吐くと同時に、風を切る音が飛んでいく。

 落下速度までをきちんと計算に入れた射撃は、正しく獲物の額へと突き刺さった。


「さすが」

「頭がたくさんあるとか、ヒレで羽ばたいて飛べるとかでなくて良かったですね、一発で片付きました」

「そういえば、そういうのはいたなあ……」


 気軽に雑談をしている間に、仕留めた獲物が海に着水した。


「ありがとうございます、これでみんなも安心して漁ができますし、沈められた仲間たちの魂も浮かばれます……」

「いえいえ、お役に立てて良かったです。……それじゃ、帰りましょうか。リーナ、獲物を運ぶのを任せても良いですか?」

「もちろん。この舟の網じゃ、さすがに引っ張れそうにないもんね。……ほいっと」


 リーナが杖を振ると、ふわりと魔物の巨体が浮き上がる。

 こんな感じで私たちは王都への道すがら、立ち寄った海岸沿いの村で魔物退治や漁のお手伝いをして、食材を分けて貰いながら旅を続けているのだった。

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