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☆ぜんぜん知らなかった

「さすがに王都はほとんど顔パスですね」

「そりゃ、ここに住んでてボクやシアの顔を知らないほうが珍しいでしょ」


 聖都ですら、出るときはラッセルのお陰で荷物検査はスルーされたのだ。

 王都みたいな大きな都にはボクたちを象った銅像やらが置かれていることも多いし、ポスターとかも売られている。

 なにより戦後二十年、スタンとボクはここに住んでいるのだ。ボクの方は頼まれて仕方がなく、だけど。

 そんなわけで、ボクたちの顔を見た瞬間に荷物検査は免除されてしまった。変装の対策くらいはした方がいいと思うけど。

 ゆっくりと門が開いていくのを見つつ、半ば無意識に深めの吐息がこぼれる。


「はー……すーぐ王様にボクが帰ってきたって報告が行くんだろうなぁ」

「たしか、黙って王都から出てきちゃったんですよね?」

「一応言っておくけど、もうボクがいなくても大丈夫なくらいには魔法学園の運営はきちんとできてるよ。ただ、『じゃあもう辞めても良いよね』って言ったら毎回全力で引き留められてただけで」

「それだけリーナが頼られているということですよ」

「分かるけど、ボクはこう……ずっとシアに会いに行きたかったんだよ。まあさすがに今はちょっと反省はしてるけど……いろいろ限界だったのもほんとだよ」

「それなら二十年間も、連絡ひとつしなかった私にも責任がありますね。だから、いっしょにいろんな人に謝りにいきますよ」

「いやいやいやいや、シアは悪くないから、ボクが全部……あ」

「あら……」


 王都への入り口、正門が開いた先には、見知った顔がいた。

 大通りに繋がる一本道で仁王立ちして周りの注目をめちゃくちゃ集めているのは、ボクたちが良く知っている相手。

 周囲の人々に話しかけられてにこやかに対応していた相手は、こちらに気づくとすぐに大きく手を振って、


「お、やーっと来たな! 待ってたぜ、ふたりとも!!」


 二十年前に世界を救った一団のリーダーで、国王から直々に勇者の称号を与えられた戦友が、ボクたちを出迎えてくれた。


「スタン。迎えに来てくれたんですか?」

「おう、当たり前だろ、せっかくダチが会いに来るんだからな!」

「嬉しいけど、よくボクたちが今日王都につくって分かったね? 結構寄り道してたんだけど……」

「ん? 別に分かってなかったぞ? まあ、ラッセルから手紙が来たから来るのは知ってたけど、今日来るってのはぜんぜん知らなかった」

「え、じゃあなんでここにいたの?」

「そりゃもちろん、嬉しすぎて手紙が来た日から毎日ずっとここで立ってたからな!!」

「……ま、毎日、ですか?」

「うん、毎日!」


 もの凄く良い笑顔で、スタンはシアの言葉を肯定した。彼のことだから、間違いなく本気だろう。

 なんなら周囲にいる人々も、うんうん頷いている。つまり数日間ずっと、目撃者がいたということだ。


「まあ風呂入ったり飯食ったり、王様に呼ばれたら城で兵士の訓練手伝ったり魔物狩りはしてたけど、それ以外はずっとここで立ってたぞ」

「そ、それは、その……すみません、お待たせしてしまって」

「良いって良いって、俺が好きで待ってたんだから。立ってるだけでいろんなやつが話しかけてきてくれて、退屈しなかったしさ。あと俺、立ったまま寝るのも出来るし」

「勇者が大通りのド真ん中で突っ立ったまま寝てるってどんな状況なの……?」

「犯罪抑制にめちゃくちゃ効果あったらしいぞ。なんなら都に入ろうとして俺の顔見た瞬間逃げたやつもいるし。どうも違法なもんを密輸しようとしてたらしいな」


 新手の魔除けじゃん。

 あと、やっぱり荷物検査もっとちゃんとした方が良いよ。


「それより、シアはほんとに久しぶりだな。リーナの方はたまに会ってたけど、お前は連絡すらなかったからな」

「う……す、すみません……」

「良いって良いって、なんか思うところがあったんだろ? 俺が生きてるうちにまた逢いに来てくれただけで充分だって。ほら見てくれよ、めちゃくちゃシワとか出来たんだぜ」

「確かに……老けましたね、スタン」

「俺は人間だからなあ。まあ、まだまだ現役ではいるつもりだけど……俺が死んだら俺の武勇伝、シアとリーナが伝えていってくれよな」

「気が早い上に死んだあとのノリが明るすぎるでしょ……」

「この感じ、スタンがいるなあって感じがしますね……」


 底抜けの明るさは、魔王を討伐して二十年経っても変わらない。

 ボクは同じ王都に住んでいたのでちょくちょく会っていたけれど、シアにとっては本当に久しぶりなので、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。

 シアの笑顔を見ると、ラッセルや王様、部下に怒られると思いつつも、連れてきた甲斐があると思える。


「それじゃ、まずは王様のところかな。帰ったっていう報告は一応しておかないとだろうし……ねえスタン、王様怒ってた?」

「いや、怒ってはねえな。どっちかっていうと凄い心配してた。余の待遇が悪かったのかなって半泣きだったぞ」

「ああ、怒ってないのは安心したけどそれはそれで罪悪感あるね……」

「大丈夫だって、王様にはどうせシアに会いたいってのが限界来て出て行っただけだから、そのうちシアつれて顔出しに来るだろって言ってあるから」


 スタンはボクと定期的に会ってくれていたので、ボクがどれくらいシアに飢えていたのかお見通しだったのだろう。

 彼はノリは軽いけど、ボクたちのことはきちんと見て、理解してくれているのだ。


「ま、心配しなくてももし怒ってたら俺が静かにさせてやるよ、グーで」

「なんで二十年経ってもパワーで解決しようとするかな……?」

「というか王様より、魔法学園の方が大変じゃね? リーナがいなくなってからずっと騒がしいぜ」

「うへぇ……」


 ボクがいなくても大丈夫なように何年も前から準備してあったはずなのに。

 王様への懸念は消えたけど、新しく帰りたくない理由ができてしまい、ボクは盛大に溜め息をこぼす。


「まあ、なにか問題が起きてたら生徒のみんなが大変だろうし……王様に挨拶したら、すぐに学園にも顔を出すよ」

「そうしてやれ。んじゃ、城まで俺が案内してやるよ。せっかく久しぶりに会ったし、良いだろ?」

「ええ、お願いしますね、スタン。行きましょうか、リーナ」

「……うん、分かった」


 二十年で様変わりしたとはいえ、王城は目の前で、案内が必要とは思えない。

 それでも案内をしてくれるというのは、スタンも久しぶりにシアと会えて嬉しいからだろう。

 ふたりきりの時間を少しだけ惜しいと思いつつも、ボクは素直に頷いてシアと並んでスタンの後についていった。


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