「良かったぁぁあぁ~余の待遇が悪いとかじゃなくてほんっと良かったぁあぁ~」
王様はほんとに半泣きだった。
王国の王様は人間で、齢はもう五十を超えている。
実年齢はボクの方がずっと上とはいえ、もう老人と言って良いくらいの見た目の相手が半泣きで喜んでいる姿はだいぶ罪悪感を刺激した。
「なんだろう、今更になってその場の勢いで出てきたことを後悔してる……」
「リーナにしてはよく頑張った方じゃね? 旅してるときとか、結構いきなりキレて飛び出していったりしてたろ。そのあとラッセルの大お説教大会までがいつもの流れで」
「うぐ……まあ、ええと、反省してるよ……ごめんね、王様」
「よいよいよい! 無事に、しかもシア殿まで連れて戻ってきてくれたのだから!」
玉座に座ったままで安心して腰を抜かしたまま、王様はぶんぶんと首を振る。
王冠と立派な衣装がなければただの気の良いお爺ちゃんという感じで、親しみやすい。
かつてのことがあるので王族というものにはいろいろと思うところはあるけれど、彼が悪いひとではないのは、これまでの付き合いでもう充分に分かっている。
シアが一歩を踏み出して、王様の前でうやうやしくお辞儀をした。
「王様、お久しぶりです」
「うんうん、シア殿、またこうして会えて嬉しいぞ」
「二十年前、なにも言わずに姿を消してすみませんでした。このたびのリーナのことも、私がいつまでも連絡をしなかったことが理由ですから……お叱りであれば私に」
「いやいや、余の方こそあのときはすまなかった……シア殿の気持ちも考えず、あれやこれやと催し物ばかりで不愉快な想いをさせてしまって……」
「いえいえいえいえ、私の方こそ自分勝手な振る舞いで……しかもそのあと手紙のひとつも寄越さずで……」
「おーい、もうどっちも悪くなかったってことで決着でいいだろ、てかそうしないといつまでも終わらないだろコレ」
「う……そうですね。王様、こちらは気にしていませんので」
「うむ……そうだな。いつまでも辛気くさいのは良くないな。それよりも、久しぶりにシア殿が来てくれたことを喜ぼう」
スタンの言葉で、お互いにペコペコしあう流れが終わった。
話を遮ったスタンは、王様に向けて特にうやうやしくもなく、いつも通りの軽さで、
「で、挨拶はこれで終わりなんだけどさ。王様、もうリーナが王国出ても大丈夫だろ? 学園に挨拶終わったら、素直に外にいかせてやってくれよ」
「む……しかし、学園の方からは、リーナ殿がいないとダメだと……」
「リーナがいなくなって何十日ってなるけど、教師連中が騒いでるだけで実際に大きな問題は起きてないだろ、それが答えじゃん。……いい加減さ、好きにさせてやりたいんだよ」
彼もラッセルと同じで、ボクの気持ちをきちんと理解して、応援してくれている。
そのことが分かるからこそ、ボクは一歩を前に出た。
ありがたいと思っているからこそ、なにもかも頼るべきじゃないと思ったから。
「スタン。それ、ボクがきちんと言わないといけないことだから良いよ」
「ん、そうか。じゃ、俺はもう静かにしとく」
彼はボクの意思を汲んで、素直にその場を下がってくれる。
代わるように一歩前に出て、ボクは王様に向き直った。
「改めて、ボクもごめんね王様。勝手にいなくなって心配かけたこと、反省してる」
「うむ……それについては、もう良いとも。無事でいてくれて良かった」
「ありがとう。その上で……ボクはこれから、シアと旅に行きたいって思ってる」
最初から、きちんと話すべきだと今更になって思った。
だけど、こうしてスタンが機会をくれたのだから、今からだって遅くはないはずだ。
「学園についてはもうボクがいなくても大丈夫だし、新しい学園長は教頭に引き継ぐよ。ボクが年を取らないといっても、それでいつまでもトップにボクがいるのも良いことばかりじゃないって思う。いろんな人が代わる代わる長をした方が、新しいアイデアが生まれて魔法の発展のためにもなるはずだから」
確かにボクは魔女で、何百年も生きていて、魔法については誰にも負けない自信がある。
けれど、それはあくまでボクの魔力が人よりすっごく多くて、しかも長生きしているから魔法の知識を蓄えているというだけだ。
ひらめきに年齢は関係ないし、定期的に代替わりして校風を少しずつ変えられた方が時代に合わせられると思う。
「なにより……ボクが、シアといたいんだ。ずっといっしょにいたいし、今度はふたりっきりで旅がしたい。しがらみとか、目的とか、そんなこと考えずに……シアの側にいたい。二十年ぶりに会って、改めてはっきりとそう思ってる。だから……その、良いかな?」
「…………うむ」
王様はじっと、ボクの顔を見た。
この二十年ですっかり見慣れた彼の瞳は、いつも通りに優しい。
彼はボクを『お尋ね者』にした前の王様とは違って、民のことを一番に考えている人だ。
かつて私財をなげうってまで、魔王を討伐するための若者たちを募り、支援し、ボクのような危険人物すら受け入れてくれた優しい彼は、ゆっくりと眉尻を下げた。
「もちろん、それがリーナ殿の望みならば。しかし……たまには戻ってきてくれると、余は嬉しいぞ」
「ありがとう。ちゃんと顔を出すようにするよ、出不精のエルフも連れてね」
「それは楽しみだ。では、学園長の引き継ぎさえ滞りなく済ませてくれれば余は一向に構わん。個人としてリーナ殿とシア殿のふたりの旅を祝福し、必要であれば王として現在渡航可能な友好国への国境を通行するための手形も直々に与えよう!」
太っ腹で送り出してくれるようで、ほっとした。
あとは学園の、教師たちを説得できればそれで問題ないだろう。
無事に自分の気持ちを伝えられて、それが受け入れられたことで少しだけ緊張が緩む。
一息をこぼしながら振り返ると、シアがあまり見たことがない表情をしていた。
「……シア? どうしたの?」
「ふえっ、あ、えっ……い、いえっ、そのっ……り、リーナ、今のはっ……」
「今の? ……ボク、なんか変なこと言った?」
「へ、へんっていうかっ……あ、ぅ……」
シアは顔を真っ赤にしているけれど、怒っているような感じはしない。
どちらかといえば困っているような、戸惑っているような、そんな感じだ。
基本的には丁寧で落ち着いてるシアが、こんな顔をするのは珍しい。
意味が分からず首を傾げていると、スタンがちょいちょいとボクの肩をつついた。
「なあリーナ、お前さっき王様に言ったやつ、もっかい言ってみ?」
「ん? えーと……ちゃんと顔出すようにするよ、出不精のシアも連れて、だったっけ? 一言一句まであってるかはおいといて、そんな感じのこと言ったよね」
「惜しい、その一個前だ」
「えーっと……ボクがシアといっしょにいたい、今度はずっといっしょに……」
「わ、わわあぁっ、何回も言わなくて良いですからあっ!?」
「あ……」
改めて思い返すと、ものすごくストレートな好意の言葉だった。
王様にきちんと自分の考えを伝えようとしてのことなので、言ったときはまったく気にしていなかったけど。
つまり今、シアが耳まで真っ赤にしてもの凄く居心地が悪そうにしているのは、
(ボクが大勢の前で堂々と告白みたいなこと言ったからじゃん……!!!)
しかもここは、王様の御前。
話には入ってこないけど、大臣とか衛兵とか侍女とか周りにたくさんいる。
改めて周囲を見渡すと、ものすごくヒソヒソされていた。
特にメイドさんたちの会話が明らかにとてもすごく盛り上がっていた。そりゃ女の人たちだもん、恋バナとか大好きだよね。
「えーと……挙式、王城使う? 余はぜんぜん良いぞ?」
「きょっ……そ、それはちょっと気がはやいっていうかっ……ご、ごめんシア!?」
「あ、い、いぇ、ぜんぜん、だいじょぶ、です……」
大丈夫じゃないっぽかった。そのまま倒れそうなくらい顔が真っ赤だった。
エルフの特徴である、長い耳の先っちょまで茹で上がったみたいになっていた。
無意識とはいえボクが完全に悪いので、彼女が落ち着くまで王城で過ごしてから、魔法学園に向かうことになった。
周囲からもの凄くヒソヒソされたりはやし立てられたこともあり、シアが落ち着くまではしばらくの時間がかかった。