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☆不完全

「さすがにこの空気で俺は邪魔だろ。道は分かってるんだろうし、散歩がてら学園にはふたりで行ってこいよ」


 スタンにそう言われたので、ボクたちはふたりで街を歩いていた。

 帽子を被っていなくても顔バレしているので、王都の人たちはそれなりに声をかけてくれたりする。

 王都に二十年も暮らしているのでみんなもボクを見慣れていて、今更大騒ぎにはならないけど、シアの顔を見て驚く人は結構居た。


「ねえシア。学園に行く前にさ、こっちの方いかない?」

「こっちというと……?」

「公園っていうか、広場があってね。十年くらい前にできたんだけど……そこ、結構景色がいいから」


 学園に行く前に、少しだけふたりでのんびりする時間が欲しくて、ボクはシアを誘った。

 シアはすぐに頷いてくれたので、ボクは彼女をお気に入りの場所へと案内する。


「……確かに、良い場所ですね」

「ちょっと高いところになってるからね、城下街がよく見えるでしょ」


 王城ほどではないけれど、広場の位置は高い。

 もともとは魔王討伐後十年が経ったことを記念して、王様が平和になった街を一望できるように考えてつくってくれたところだ。

 街を見渡せるという都合上、活気のある部分からは離れていて普段からそんなに多くの人が居ないので、落ち着きたいときはよくここに来ていた。

 まだ日は高く、肌寒くない程度の風を受けて、シアが金色の髪をおさえる。紅く、澄んだ瞳で街を眺める彼女の横顔は、すごく綺麗だった。


「……王都も、二十年前より活気がありますね」

「魔王がいなくなって、治安とか物流とかぜんぶ良くなったからね。戦力のために無理に徴兵する必要もなくなったし……王様のお膝元だから、やっぱりここが一番平和で活気があるよ。今は、魔物除けの大結界もあるしね」

「え、そんなもの出来たんですか?」

「出来たというか、ボクが作ったんだけど……ドラゴンみたいな強いのはともかく、下級の魔物はもう門の近くにもこれないよ。あんまり強いのはスタンが倒してくれるし、そうでなくても昔より兵士の装備も充実してるし……今は魔法学園があるから、国軍の魔法使い部隊もだいぶ強くなってるから、王都に魔物の被害が出たなんてことはこの二十年間は一度もないよ」


 田舎の方は手が届いていないところもあるけれど、王都周辺の街は昔よりもかなり安全だ。

 魔物除けの効果がある大結界は王都くらいの設備がなければ難しいけど、そもそも戦力が昔より整っているし、魔王みたいな大敵がいないので余裕がある。


「平和になって二十年だからね。豊かになるには充分な時間だよ。全員がそういうわけじゃないのも、本当だけど……それでも、これがボクたちが頑張った成果だよ」


 あの兄弟分たちのように、立場が弱いひとたちはゼロじゃない。

 この国の外では相変わらず獣人を迫害している国もたくさんあるし、奴隷や貧困にあえいでいるひとだっている。

 それでも、魔王がいた頃よりもずっと平和で、幸せな人は増えただろう。

 この世界から不幸が少しでも減ったというのなら、ボクも頑張って魔王と戦った意味があるというものだ。


「……もっと早く、見に来れば良かったですね」


 シアの言葉は真剣で、本気で後悔しているのだと分かる。

 かつての旅の中で彼女はボクよりずっと年上で、いつだって優しくて、頼れるお姉さんだった。

 だけどシアにも悩みがあって、どうしようもなく苦しくて、ボクたちから離れていった。それを分かっていたのに、ボクは彼女を追わなかった。

 後悔しているのは、ボクも同じだ。だからもう、シアと離れたくない。


「うん、もっと早く来て欲しかった。……だから今度は、悩んだり困ったら少しでも良いから話してよ。ボクも……二十年前みたいに、シアに頼りっきりにならないつもりだから」

「……みんなが頼りなかったなんて思ったことは、一度もありませんよ。ただ……話すのが怖かっただけです。呆れられて……嫌われるのではないかって」

「じゃあ、もう怖がらないで。ボクはシアをぜったい嫌わないし、ぜったいに助けるから。むしろ、話してくれない方が寂しいし、つらいよ」

「あ……」


 目をそらさず、正面から彼女の手を握る。

 王様を前に宣言したことは今思えば恥ずかしいことだったかもしれないけど、紛れもなく本心だった。


「仲間として……だけじゃなくて、シアのことを好きな、ボクとして。ボクはシアといっしょにいたいし、なんでも話してほしいし……なんでも知りたい。良いところだけじゃなくていい、弱いところも、ぜんぶ」

「そ、れは……」

「……嫌?」

「いや、じゃないです……でも、ちょっと、不安、です……私は、そんなに立派なひとでもないし……エルフとしては、不完全で……」

「エルフとか、エルフじゃないとか、どうでもいいよ。ボクはシアのことが好きなの。シアが嫌ってるその紅い目も含めて、好きだよ」

「あ、う、うぅ……」

「それに、不完全だっていうなら……ボクだって同じだよ。ボクは元々、自分の魔力が大きすぎて……魔女になるしか、生きる方法がなかった。そのまま人間でいたら、ボクは自分の魔力のせいで死んじゃってたんだから」


 生まれつき、ボクは異常なほど魔力が多かった。

 そのせいで気味悪がられ、両親には捨てられ、しかも自分の強すぎる魔力のせいで身体の機能はめちゃくちゃになっていて、そのせいで長生きできないはずだった。

 死にたくない一心で、ボクは己の魔力に最適な形へと、自分の身体を変化させた。

 その結果として、ボクは人間ではない存在になった。そうしなければ、生きていけなかったから。

 魔女になったボクはふつうの人間としての寿命というものを失い、不老不死のバケモノとして恐れられ、身体の秘密を暴こうとするものたちによって命を狙われるようなことにもなった。

 そうして襲いかかってくるものたちを退けていただけなのに、一時期は魔王と同じ危険な存在として扱われて、国から賞金までかけられていた。

 不完全で虐げられたというなら、ボクだって変わらない。


「でも、今のボクは魔女になって良かったって思ってる。昔は死にそうな目にあって、周りに追いまわされて、つらくて……苦しかったけど。それでも生きてたから、スタンとラッセルと……シアに、会えた」

「……リーナ」

「だから、大丈夫。シアがどんなにふつうのエルフと違ってても、ボクは気にしない。ボクが好きなのはシアで、エルフって種族が好きなわけじゃないから」

「っ……」

「そもそも、完全なひとなんていないよ。スタンはバカだし、ラッセルは暴力神父だし、ボクは……わがままだし。みんなそれぞれ、良くない部分があるのがふつうでしょ。だからシアも……完全じゃない自分を、そんなに責めなくていいと思う」

「……リーナ、口が上手になりましたね」

「ふふ、これでも学園長してたからね。生徒のお悩み相談だってしてたんだよ?」


 自分のことしか見えてなかった二十年前とは違う。

 今のボクは、彼女のつらさを受け止められる自信がある。

 大好きな人といっしょにいるためなら、それくらいなんてことない。


「……本当に、良いんですか?」

「良いの。むしろ、シアが側にいてくれなきゃ嫌だ」

「っ……」


 少しだけ握る力を強めると、シアの手指から力が抜けた。

 彼女の紅い目から、じわ、と透明なものがあふれて、こぼれる。

 泣かせてしまったと思うと同時に、綺麗だ、とも思う。

 ボクよりも位置の高い顔に手を伸ばして触れ、拭う。あたたかなしずくはボクの指にほんの少しだけ吸い付いて、残りは風にさらわれていった。


「シアが自分を嫌いでも、ボクはずっとシアが好きだよ。だから不安なら、何度でも好きって言うよ。シアの不安がなくなるまで、ずっと」

「なんっ、どでもは……ちょっと、は、恥ずかしい、ですけど……ん、嬉しい、です……」

「……好きだし、かわいいよ?」

「かわっ……も、もうっ、もうっ、わざと言ってるでしょう!?」


 わざとだけど、嘘ではない。

 好きなのも可愛いのも、本心からだ。

 顔を真っ赤にして恥ずかしがっているシアの姿はもの凄く可愛い。

 ああ、学園とか行きたくないな。もうこのまま手を繋いでどこかデートいきたい。

 美味しいもの食べて、ちょっといいところにお泊まりしたい。二十年でいろいろお店もできたし、シアを連れ回したい。


「……リーナ、今学園に行くの面倒くさくなってますね?」

「あ、バレた?」

「バレますよ。その……ちょっと、だらしない顔してました」

「好きな人が側にいるんだから、しょうがないでしょ」

「っ……だ、だめですよ、ちゃんと挨拶とか、引き継ぎしないと……」

「分かってるよ。さ、そろそろ行こっか。案内したいところにはこれたし、言いたいことも言えたからさ」

「あ……あの、リーナ」

「ん、どうしたの?」


 学園へと案内するために手を引くと、シアはすぐに動かなかった。

 名前を呼ばれたので首を傾げながら相手を見ると、シアは紅い目を恥ずかしそうに潤ませて、


「わ、私の返事は……その、き、聞かなくて、いいんですか……?」

「そりゃ、聞けるなら聞きたいけど。一応本気で告白したつもりだから」

「こくっ……」

「でも、今度で良いよ。シア、今いっぱいいっぱいだろうし。……それに、どうせ聞くならなんにも用事のないときに、じっくり聞きたいからさ」


 好きなのは本当で、今更隠しても仕方がない。

 まして、王様を含めた大勢の前であれだけはっきりと宣言してしまったのだから。

 だけどシアを困らせたいわけじゃないし、焦っているわけでもない。

 彼女がボクを嫌っていないことは分かっているのだから、今はそれで充分だ。


 そしてもしもシアがボクのことを『そういう対象』として見てくれなかったとしても、時間をかけて振り向かせるくらいの気持ちはある。

 今は、こうして側にいるだけで、ボクの気持ちを聞いてくれただけで、充分すぎると思えた。


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