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☆考えてはいたんです

「学園とか王城に泊まらなくて良かったんですか?」

「いいよ、ていうか泊まりづらいよあの空気。まだシアの返事も聞いてないのに祝福ムードはちょっと恥ずかしいよ」


 引き継ぎの話を終え、荷物も整理して。

 当然、終わるころにはとっぷりと日は暮れていたので、ボクたちは王都の宿に泊まることにした。

 適当に選んだ宿だけど、王都にあるということもあって質が良い。

 顔がバレているのでもの凄くサービスされてしまったけど、それは多めにチップを支払うということで決着がついた。

 学園に戻ったついでにへそくりなんかも回収してきたので、しばらくは路銀に困ることはないだろうし、少しくらい散財しても問題ないだろう。


 屋根のあるところなのできちんと寝間着に着替えたシアは、お客さんを泊める用にしっかり整えられたふかふかのベッドの上でボクの方を見ている。

 ボクも寝間着だけど、学園長室から持ってきた私物の整理中なので休むのはもう少し先だ。

 野宿するときは着替えないのでこういうときにしか見られないシアの可愛い格好をときおり横目で見つつ、ボクは荷物をまとめて木箱につめ、魔法で縮小する。


「やっぱりその物が小さくなる魔法、便利ですよね。重量も減るみたいですし」

「そうだね、ボク以外に使えないのが難点だけど……まあ、理論だけはきちんとメモを学園に残してあるから、いずれもっと簡単にしていろんなひとが使えるようになるかもだよ」


 小さくした上で重さも軽くして、さらに機能を損なわせないまま保存していつでも戻せる。

 やることが複雑すぎるせいで魔力の消費が激しく、現状は大量の魔力を持つボクしか使えない魔法だ。

 すべての人とは言わないまでも、一部の魔法使いだけでも使えるようになれば、たぶん世界はもっと便利になるだろう。


「魔法をもっと身近に……王様の望んだことを、リーナはきちんと叶えたんですね」

「ある程度はね。いずれは魔法の才能が無いひとも後天的に魔法を使えるようになる……っていうのが理想だけど、それはまだまだ難しいんじゃないかな」


 学園で教えているのは、主に『魔力を効率的に扱い、魔法を簡単に使う』方法。

 ようは節約の仕方を教えているのであって、元から魔力を持たないひとが魔法を扱えるようにはできていない。

 魔力を増やす訓練だって、元から魔法を扱う才能を持っていなければ増やせないのが現状だ。

 生まれつき魔力がなかったり、シアのように魔法を使うための機能にそもそも異常があるひとが魔法を使えるようになる方法は、今のところ見つかっていないし、誰も思いついていない。


「リーナにやり方が思いつかないなら、誰にも出来ないと思いますが……」

「そうでもないよ、だってひらめきや努力は年齢や生まれとは関係ないもん。ボクだって教え子のアイデアに驚かされたり、救われたことはあるよ。だからこそ、同じひとがいつまでもトップやってるの良くないって思ったんだし」


 ボクが考えつくことは、この二十年でやり尽くした。

 もちろん明日、一年後、また新しくなにかを思いつくことはあるだろう。

 けれどそれを待つよりは、世代交代をした方が良いというのがボクの判断だ。そもそも、ボクにだってやりたいことがあるし。


「……あの、リーナ」

「ん、どうしたの?」


 少しだけ会話に隙間が出来て、シアがふたたび話しかけてくる。

 さっきまでとは違う話題になるのだろうと思って、ボクは彼女に返事をした。


「少し話したいことがあるのですけど……構いませんか?」


 え、もしかして今?

 一瞬だけそう思ったけど、すぐに彼女の話したいことというのが告白の返事ではないことが分かった。

 シアの雰囲気は照れているというよりは、こちらを気遣っているようなものだ。

 まるで、どこに触れれば痛くないのかを探るような表情。

 色恋とは違う真剣な気配を感じて、ボクは荷物整理の手を止めてシアに顔を向ける。


「うん、シアの話したいことなら、なんでも聞くよ」

「ありがとうございます。話したいというか……リーナに、聞きたいことがあって」

「聞きたい……なにを?」

「……どうして、私に逢いに来てくれたんですか?」

「そ、れは……何度も言ったとおりだよ。シアに会いたかった、それだけ」

「そうですね、それも本当のことでしょう。でも……それだけでは、ないですよね?」

「…………」


 シアの言葉を、否定はできなかった。

 すぐに返事をしなかったボクの目を見て、彼女は言葉をつづける。


「……本当は、どこかで分かってはいたんです。私に会いに来てくれた理由が、きっと会いたいだけではないだろう、とは。でも、リーナが明るく振る舞ってくれるから……きちんと気づけないまま、ここまで来てしまいました」

「ん……まあ、でも、ほとんどはシアに会いたかったのが正解だよ。寂しくて、二十年前にちゃんと話をしなかった後悔とか、そういうので限界が来たの」

「……でも、リーナは無責任な人ではありませんから。やっぱり、それだけではないでしょう?」


 信頼は照れくさいけれど、結局放り出してしまったのだから買いかぶりだ。

 とはいえ、シアの言葉がぜんぶ間違っているというわけじゃない。

 ボクだって学園にはそれなりに愛着があるし、弟子でもある教師たちや学び舎の生徒たちのことは可愛く思っている。

 王様のことだって、彼がどれだけいい人かはこの二十年でよく知っているのだから、困らせたいわけじゃない。

 シアに会いたいという気持ちが募りつつも学園を離れなかったのは、ボクの中に王様や学園に対する情があるからなのは本当だ。


「……ふぅ」


 話さなければならないことを考えると、少しだけ気が重い。

 隠しているつもりはなかったけど、進んで話したいことでもなかったからだ。


「シアは……魔王のことを、覚えてる?」


 聞かなくても分かりきっていると思いつつ。

 ボクは、話を切り出すために彼女に質問を投げかけた。

 魔王という言葉を聞いて、シアの耳がぴくりと動く。


「……覚えています。というより、忘れようと思っても忘れられない相手です」

「だよね。ボクもそうだし……きっとスタンとラッセルにとっても、そうだと思う」


 ボクたちのかつての旅の目標は、魔王を倒すこと。

 常に最終目標としてあったし、魔王との戦いはやっぱりあの旅の中でも一番の死闘だった。

 そして敵であったということを抜きにしても、魔王はボクたちの旅の中でもっとも重く、衝撃的な相手でもあった。


「……魔王は、『あの子』は、人間だった」


 今更確認するまでもないことを、ボクは改めて口にした。

 スタンとラッセル、そしてボクとシアの四人しか知らない、魔王の真実を。


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