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☆年取ったぜ?

「……で、無事に学園長の引き継ぎはできたと。良かったな、リーナ」

「ありがと、スタン。まあ、何度か確認とかで呼ばれたし、ほかの教師や生徒にも挨拶はしなきゃだしで結局数日かかっちゃったけどね。……ところでラッセルはなんで変な顔してるの?」

「あのリーナがきちんと引き継ぎができるようになったというのが驚きで……いたっ」

「毛ぇ抜くよ」

「抜いてから言うのはなぜなのですか……?」

「リーナ、ご飯を食べるときではダメですよ」

「いえ、ご飯を食べていないときでも抜かなくても良いと思うのですが……」

「いやダメだろ、飯のときは。飯に毛ぇ入るし」

「私の心配じゃない……!?」


 だって、抜かれても痛いと思ってないって分かってますし。

 実際本当に痛いなら止めるけど、ラッセル本人も文句は言いつつも怒ってはいないのだ。

 私たちが王都について、すでに数日。二十年ぶりの私の王都観光や、リーナの引き継ぎがすっかり終わった頃に、ラッセルは王都にやってきた。

 そして約束通り、私たちは久しぶりに同窓会をすることになった。


「それにしても……私の料理で良かったんですか、同窓会。しかもわざわざ街の外で、魔物を狩って食べるなんて」

「この方が俺たちらしくて良いだろ? それに俺も、シアの野営料理食いたかったしさ」

「そう言って貰えるのは嬉しいんですが……狩るの、アレでいいんですか?」

「アレで良いだろ、なあ?」

「まあ、良いんじゃないですか、手頃ですし」

「今は王都に魔物除けの結界が張ってあるから、近場でいるのってアレくらいだからね。アレは魔物除けの結界がきかないくらいには強いから」


 全員がアレと呼び、私が指さすのは、端的にいうと大きな岩だった。

 正確には、アレというのは『岩を背負っている魔物』のことだ。

 普段は背中の岩を出して地面にもぐることで景色に溶け込み、外敵の目から逃れ、そして近寄ってきた獲物に襲いかかる。

 背負っている岩は魔法でできた物質であり、れっきとした魔物の一種だ。


「ロックリザード。味は知っての通りだろ」


 スタンの言うとおり、どんな味なのかはよく知っている。

 生息数が多く、地形に擬態するロックリザードは魔王軍でも便利な戦力として使われていた。あちこちに配置され、人を襲う存在として。

 つまりはかつての旅で接敵の機会が多く、食べる機会が多かった生き物だ。


 魔王の手で『品種改良』されたものはかなり気性が激しく群れで行動していたけれど、天然のロックリザードはとことん待ち伏せ型で、自分から動くことは繁殖のシーズンと寝床を変えるときくらいしかない。

 ちなみに、岩への擬態の完成度はそれなりで、よく観察すれば見逃すことはないくらいのものだ。

 実際今も、私が指摘するまでもなく全員が気づいていた。よく見ると小さく動いていたり、岩の隙間からトカゲのものである鱗の肌が見えている。


「それにちょうど、知り合いの鍛冶屋のおやじからアレの素材とってきてほしいって頼まれててさ。背中の岩や牙が良い感じに防具や武器の素材になるんだと。お礼は弾むって言うし、うまい肉も食えるんだから最高だろ?」

「ちゃっかりしてるね、スタン。まあ、別に良いけど……作戦は?」

「いらねえだろ。今更、苦戦するような相手じゃねえんだから」


 リーナの質問に気軽に答えて、スタンはゆったりとロックリザードの近くまで歩いて行く。

 腰に下げた剣を抜くこともないのんびりした足取りで、彼は相手の間合いにあっさりと入り込んだ。

 当然、『餌』がやってきたと判断したロックリザードが、地中から顔を出す。二メートルはある個体、大物だ。


「っ……!」


 スタンの援護のため、私は弓を構えようとした。

 しかしすぐに、そんなものは不要だと理解することになる。


「よっ」


 普段の会話と変わらない、いつも通りの声。

 椅子から立ち上がるような気軽さで、彼は剣を抜き、


「うーし、終わったぞ」


 言葉通り、それで終わりだった。

 私の目でなければ捉えられないほどの高速で、彼は剣を一閃した。

 とんでもない速度の斬撃は風すらも置いていき、スタンが両断したロックリザードの首はまだ繋がっている。

 返り血すらも出ていない状態で彼は相手に背を向けて、こちらへと歩き出し――そこでようやく、ロックリザードの首が落ちた。


「……いつも思うけど、本当に人間なの、スタンって」

「失礼な、ちゃんと人間だぞ。剣振ってたら昔より疲れるし、年取ったぜ?」

「いえ、こちらからはまったく衰えがないように見えますが……顔は多少老けましたが」

「言うなよ気にしてんだから、つーか老けたのはお前もいっしょだろ。獣人だからちょっと分かりづらいだけで、昔より腰曲がってるしよ」

「こっちはもう動く必要もありませんからね……さすが、今でも魔物退治や兵士への指導をしているだけはあります」


 ラッセルの言うとおり、スタンの剣はまったく錆付いているようには見えない。

 速度はあの頃と変わらず、鋭さに至ってはかつてよりも研ぎ澄まされているようにすら感じる。

 魔王を倒すという目的がある旅の中で私たちは全員成長していったけど、スタンはその中でも凄かった。

 最終的には元から体格に優れた獣人であるラッセルや、何百年と経験や魔力の蓄積がある私やリーナを越えて、彼は最強のアタッカーとなっていた。

 そしてその強さは、二十年経っても変わらないようだ。

 昔よりシワの増えた顔を、昔と変わらない人なつっこい笑顔にして、彼は私に声をかけてくる。


「それじゃシア、料理頼むな」

「……ええ、分かりました」


 構えかけた弓をおろして、吐息。

 はじめから、私が持つべきは武器ではなくて包丁の方だったようだ。


「それでは、私は調理をしますから、リーナとラッセルは火を。スタンは……お知り合いに頼まれた素材でも剥いでいてください」

「りょーかい、任せたぜ、シア」

「ん、分かった。ラッセル、火だね用に毛ぇ貰うね」

「さっきまで散々抜いてた分があるでしょう? そもそも私の毛を着火剤にしなくてもリーナの魔法なら簡単に火がつくでしょうが。ほら、薪をあつめてきますよ」


 各自分担ということで指示を出すと、それぞれが動き始めた。

 私の方も、ひとまず料理分を切り分けなければいけないので、そのためのナイフを取り出した。


「……やっぱり天然の方が、身の質は美味しそうですね」


 魔王による品種改良は、魔法を併用して行われた。

 その結果として弱点の克服や、凶暴化などが施されていたが、やはり自然のものを無理やりに変化させたせいで、ストレスがあったのだろう。

 肉質に関しては、この天然物の方が明らかに良さそうだった。


「まあ、魔王の品種改良はあくまで戦闘用で、美味しくしていたわけではありませんからね……」


 牛や豚など、品種改良した結果、味や生産性がよくなったものはたくさんある。

 魔王が行っていた魔物の改良は軍隊として個体を強化するためのもので、食べる為のものではない。

 改めて天然の恵みに感謝しつつ、私はロックリザードの解体に取りかかった。

 普段から手入れしているナイフでやっているので難しくはないが、大きな個体なので、切り分けるのには時間がかかる。

 食べられない部位や食べきれない分の処理はあとでスタンに細かく切ってもらってほかの動物や土への栄養にするとして、まずは今食べる分や加工分を切り出す作業からだ。

 サメのときは村人たちがあらかたやってくれていたので、久しぶりの大物の解体にちょっとだけ楽しさを覚えつつ、私は刃を動かしていった。

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