「これだけ肉質が良ければシンプルな焼きや煮込みが美味しいですが……それだけだと単純すぎるような気もしますね」
天然のロックリザード肉をある程度切り出して、私は献立を考え始める。
かつての旅の中では物資は限られていて、毎回その場その場でアドリブ調理だったけれど、今は道具も増えていて、街が近く買い物もある程度済んでいる。
考えられるメニューの幅が広いことで、逆になにを作ろうか悩むという側面もあった。
「せっかく新鮮ですから、内臓を使わないと勿体ないというところもありますし……うーん……」
「お、なんでも煮込みか?」
腕を組んで献立を考えていたところに、スタンから声がかかる。
彼は既に必要な素材を剥ぎ取ったようで、ふつうの岩を椅子がわりに腰掛けていた。
人間である彼に二十年は長く、スタンの顔には年月を経た雰囲気はあるけれど、ゆったりと座っている姿は昔と変わらないようにも見える。
「それも作ろうとは思っていますけど、久しぶりに全員が揃っていて道具や調味料も結構ありますから、もう一品ほしいですね」
なんでも煮込みはかつての旅でもよく作っていたし、このお肉で作っても充分美味しいだろう。ある意味、二十年ぶりに揃うこのメンツで囲むには良いだろう。
なので、汁物としてなんでも煮込みで良いとして、これだけの量があるのだからメインも必要だろうというのが私の結論だった。
全員揃うのは久しぶりなのだから、腕によりをかけたい、という気持ちもある。
とりあえず決まっているものから手をつけようと考えて、私は適当な野菜とロックリザードの内臓やお肉を食べやすい大きさに切って、鍋の中に。
「リーナ、お水をお鍋にお願いします。たっぷりめで」
「はいはいっと」
私の要望通りに、リーナが魔法で水を用意してくれる。
あとは沸騰したところで灰汁をとって、味付けをしたら弱火になるように鍋を吊している台を調整し、あとは放置するだけで煮込みは完成だ。
「煮込みはこれでいいとして……では、もう一品作りましょうか」
「お、献立思いついたのか?」
「ええ、肉や野菜を切ってるうちに。煮込み時間もまだまだかかりますから、ゆっくり待っていてください」
「ふむ、良いですね。楽しみにしています」
「あまり期待を持たれても困りますが……ラッセルとスタンは座っていていいですよ。リーナはこのまま、お手伝いをお願いしますね」
「うん、まっかせて」
「なんか久しぶりだなこの感じ。昔みたいに武器の手入れでもするか、ラッセル?」
「私はもう、剣や盾は持っていませんよ。英雄業は引退です」
「聖書があるじゃん。ちゃんと手入れしとかないと、いざというときにガツンできないだろ」
「いえ、聖書は武器ではありませんからね……?」
チョップに使っているのだから、武器判定では?
という考えがちらっと頭をよぎったけれど、突っ込みはスタンに任せようと思った。
「シア、なに手伝えば良いの?」
「あ、今すぐに必要なものはないですから、声かけるまで待っててくれて良いですよ」
「はーい。それじゃ、シアのこと見てるね」
「……まあ、リーナが見たいのなら」
あんまりじっと見られるのは恥ずかしいけど、やめてほしいとは言いづらかった。
リーナの紫色の目はきらきらで、まっすぐに私に向けられている。
見られていることの気恥ずかしさと、失敗できないなぁ、という緊張を同時に感じつつ、私はボウルに小麦粉をふるい入れる。
そこに、ある程度細かくしたバターと少しの塩を入れて、ヘラで捏ねていく。
「……パン?」
「パンではありませんが、生地を作る系のものではありますね」
なんでも煮込みはそれなりに時間がかかるので、他の料理を並行して作るには最適だけど、さすがにパンを作るまでは発酵時間が足りない。
そもそもこの生地には、『パン種』というパンの元のようなものを入れていないのでパンではない。
ある程度ざっくりと混ざったところで、私はリーナに指示を出した。
「リーナ、このカップに、魔法で冷たいお水を作っていれて貰えますか?」
「ほいほいっと」
頼んだとおりに、よく冷えた水がカップに満たされた。
魔法で生み出された冷水をボウルの中に入れ、さらにヘラである程度まとまりがでるまで捏ねる。
最後に手で軽く成形してから、いったん保存容器に入れて、
「リーナ。次はこれを凍らせてくれませんか? 中の生地を凍らせるのではなくて、氷の中に閉じ込めてくれればそれで良いので」
「ん、了解。ほいっと」
作っているのがパン生地の場合はあたたかいところでの発酵が必要だけど、この生地は逆で冷たい環境が必要だ。水の温度まで指定したのも、それが理由。
本来であれば氷室(ひむろ)など、きちんとした冷蔵設備がある場所でやることだけど、リーナがいれば魔法で解決できる。
氷の中で生地を休ませているうちに、私は一度煮込みの様子を見てから次の工程へと移った。
「さてと……もうひと頑張りしましょうか」
新鮮な内臓と、いくつかの部位のお肉をそれぞれ粗めに刻み、混ぜてしまう。
そうしてお手製の挽肉を作ったら、玉葱と数種類の香草をみじん切りに。
フライパンに脂身を落として熱で油を絞ったら、玉葱を炒めてしっかりと火入れする。
いい感じに飴色になったところで、挽肉と香草を入れてさらに炒めていく。
「リーナ、沸騰するくらい熱いお湯と、きんきんに冷たいお水をそれぞれ用意してください」
「はーい、これくらいの温度かな?」
「良い感じですね。それでは、次はこれを……」
切れ目を入れたトマトをお湯にしずめて軽く熱を入れたら、すぐに冷水で締める。
そうすると、手で簡単に皮が剥ける。
皮を外したトマトをフライパンに入れて、塩とスパイスを。
新鮮なトマトの水分がそのままソースになり、煮詰めると良い感じになっていく。
「……ミートソースだ」
「ええ、お肉たっぷりのミートソースです。今日はこれを……この生地で包み焼きにします」
「それは……ぜったい美味しいね! 楽しみ!」
調理が進んできて完成品のイメージができたのだろう、リーナがきらきらと目を輝かせた。
食べる前から良い反応を貰えたことに嬉しくなりながら、私はリーナが魔法で作った氷を包丁で割って、生地を取り出す。
寝かせていた時間は長いとまではけれど、ソースを作るのに時間をかけたので、それなりに良いものができるだろう。
取り出した生地を重ねては綿棒で伸ばし、ふたたび重ねてまた伸ばす。ちょっと時間と体力が必要な行程だけど、これで、焼き上げたときのサクサク感が良くなる。
ソースをつくったのとは別のフライパンに油を塗り、生地を伸ばして張りつけ、作ったミートソースをたっぷり入れてたら、生地で蓋をするようにして包む。
あとは火の当たりを弱くして、フライパンにも蓋をして、じっくりと焼いて行く。
焦げないようにここも時間をかけるので、その間に洗い物をしてしまう。
「あ、ボクも洗い物手伝うよ」
「ありがとうございます、リーナ」
「料理できないし、これくらいはね」
「お、なんだ皿割らなくなったのか、リーナ」
「そりゃね、二十年前とは違うよ。ふたりとも、大人しく座ってて良いよ」
「あの放蕩娘が立派になって……」
「ラッセル、もうソレは親のテンションだぞ」
魔法が必要なところ以外でも、リーナはこうして手伝いをしてくれる。
個人的には後片付けはちょっと面倒な行程なので、手伝ってくれるのは有り難い。
なにより、リーナと並んで作業をするのはちょっと楽しかった。
洗い物を終えたあとはしばらく生地に火を入れて、良いところで一度裏返し、両面をサクサクに仕上げれば、
「よしっ……三人とも、ご飯が出来ましたよ」
「お、出来たか。良い感じに腹減ってきたところで、ちょうど良かったぜ」
「楽しみですね。スタン、お皿を並べるくらいは私たちも手伝いましょうか」
「あいよ、煮込みもあるし、椀もいりそうだな」
二十年経っても、こういうテキパキしたところはみんな変わらない。
準備はすぐに整って、私はできた料理をそれぞれのお皿とお椀へ分けていく。
「というわけで……今日はロックリザードの煮込みと、ミートソースのパイ包み、です」
「おー、めっちゃ美味そう」
「ふむ、香りからしておいしそうですね……期待できます」
「はぁあ……あ、お腹鳴りそう……」
「ふふ、それじゃあ食べましょうか。ええと……」
とくに示さなくても、三人とも既に手を合わせている。
私が好きでやっていて、いつの間にかパーティでは当たり前になった挨拶。
全員の視線を感じつつも、私も両手を重ねた。
「「「「いただきます」」」」
礼をするのは、食材への感謝。
東の国に伝わる、食事前の一礼を終えて、みんなが食事へと手を伸ばす。
「……うっま。すげぇうまいなコレ!」
目を見開いて、スタンが大げさなくらいの感想を述べる。
久しぶりに見るけれど、変わらない素直な反応に自然と笑みがこぼれた。
「ふむ……ふっくらさくさくの生地に、いろいろな味がするソース、良いですね」
ラッセルの方も、昔と変わらない。
ご飯が美味しいときの彼は、静かに、でも満足そうな顔で何度も頷きながら味わって食べてくれる。
リーナの方も見ると、瞳を輝かせながらミートソースパイを頬張っていた。
目が合うと、彼女はよくよく噛んでから、ごくん、と音がするほど勢いよく飲み込んで、
「っ……おいっしい! 美味しいよ、シア!」
「……そうですか、良かったです」
全員から良い反応が返ってきて、作った側としては安心する。
頬が緩むことを自覚しつつ、私は最後に食事に手をつけた。
「……ん」
生地の『寝かせ』は長くなかったけれど、それでも充分にさっくりとした焼き上がりになっている。
ミートソースは内臓を含めたいろいろな部位を粗みじんにしたこともあって、噛むたびに少しずつ食感と風味の違いを感じる。
野菜と香草のすっきりとした香りが、肉のくせを和らげて、全体を良い仕上がりに整えてくれていた。
さくさくの生地が食感のアクセントとして機能して、食べていて楽しく、美味しい料理になっている。
「……ええ、良い出来ですね。煮込みの方はおかわりもあるので、好きなだけ食べてくださいね」
「おかわり!」
「スタン、早すぎませんか。もっとゆっくり食べないと、喉につまりますよ」
「そしたら聖書チョップ背中に頼むわ」
「いえ、そのときは普通に手で背中を叩きますからね……なんにでも聖書チョップしているわけではないんですよ」
「ラッセル、ご飯のときに口うるさいのは美味しくなくなるよ」
「え、これ私が悪いんですか?」
「……ふふ」
二十年ぶりの、騒がしい時間。
リーナとふたりで食べるご飯も楽しいけれど、久しぶりに四人揃っての食事はひどく懐かしく思えた。
あっという間になくなっていくお皿とお鍋の中身を惜しみつつ、私は今自分の目の前にある光景をしっかりと目に焼き付けるのだった。
何千年経っても、きっと覚えておけるように。