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☆ニヤニヤして

「……いやー、美味かったな。残った肉どうする?」

「いくらかは保存食にしますが、それ以外は細かく刻んで、ほかの動物や植物に。なので、そこだけ手伝ってくださいね、スタン」

「おっけ、任せろ」

「しかし……綺麗に平らげましたね。作った側としては、嬉しい限りですが」

「だって美味かったし。なあ、ラッセル」

「ええ、久しぶりにできたてのシアの手料理が食べられましたね。いろいろと懐かしくて、つい食べ過ぎてしまいました」


 もうふたりともそれなりの年齢なのに、おかわりのペースが早かった。

 お陰で煮込みもすっかりなくなってしまい、料理は余らなかった。

 量を食べられる、というのは男の人だからこそという感じだ。リーナもたくさん食べる方だけど、さすがに獣人で大柄なラッセルや、スタンほどは食べられない。


「とりあえずよく分かんねえからさ、肉とそれ以外でバラしておけば良いか?」

「食休みをしてからでいいですよ、私も後片付けを先にしてしまいますから」

「ふむ、お手伝いしましょうか、シア」

「あ、大丈夫ですよ。……リーナが手伝ってくれますから。ね、リーナ?」

「うん、もちろん。ラッセルは大人しく座ってなよ、もうお爺ちゃんなんだから」

「ふっ……そうですか。では、ありがたく」


 お年寄り扱いされてもラッセルは怒ることなく、素直に立ち上がりかけた身体を座らせた。

 機嫌の良さそうなリーナとともに、私は並んで洗い物を片付ける。


「……なんつーか、アレだな。前より自然な感じだな、ふたりとも」

「へ、そんなふうに見える?」


 スタンの言葉に、リーナが首を傾げて応じた。

 私の方も、かけられたのが意外な言葉だったので少し目を丸くしてしまった。

 個人的には変わった感じはなく、むしろ変わらず落ち着くというのがリーナと並んでいるときの感想なのだけど、スタンにはちょっと違って見えているらしい。

 自分では思っていなかったことを指摘されて驚いていると、今度はラッセルがゆっくりと頷いて、


「そうですね。元々仲が良い、というかリーナがシアによく懐いている感じはありましたが……今はシアも、リーナに心を許している感じがします」

「……一応言っておきますけど、別にみんなに心を開いてなかったわけではないんですよ?」

「分かっていますよ。単純に……シアは前より柔らかくなって、リーナは大人びたということでしょう」

「ん……そう、かもしれませんね」


 私たちは、長く生きる命だ。

 だから年月を過ごしても多くのことは変わらないのだけど、それがまったくないといえばそうではない。

 実際に、リーナは二十年でたくさんの経験を得て、随分と成長した。

 そして私も、彼女に手を引かれて、少しだけ自分を変えることができたと思う。


「…………」


 みんなが好きだからこそ、自分の弱い部分を見せたくなかった。

 それが怖いことは、自分が嫌いなことは、今も変わらない。

 それでも、私はリーナと約束をした。怖いや不安なことを、お互いに隠さないでいようという、新しい約束を。


「……敵いませんね」


 スタンとラッセルだって、私たちとは長い付き合いだ。

 きっとふたりとも、私たちのそういう微妙な変化を言わずとも感じているのだろう。

 私たち自身が無意識で変わった部分すら見てくれて、そしてそのことを、否定しないでいてくれる。

 旧友のことを有り難く思いながら、私はリーナといっしょに食後の後片付けをした。

 そのあとは、保存食を軽く仕込んで、お茶の時間にすることにした。


「はい、お茶が入りましたよ」

「お、これはアレだな、シアが自分で作ってるやつだろ。嗅いだことねえ匂いがするもん」

「ふむ、私の方はちょっと嗅ぎ覚えが……これは、マンドラゴラの匂いですか?」

「さすがラッセル、よく分かりましたね。茶葉に少しだけ、乾燥させたマンドラゴラの皮を入れています。くせが少しありますが、身体には良いですよ」


 マンドラゴラには栄養が多く、漢方薬のような効果も期待できる。

 具体的には身体をあたためたり、気持ちを落ち着けたりとか、そういう効果だ。

 野営の一休みで飲むには最適なので、茶葉の中に少しだけ混ぜてみたのだった。


「ふたりとも歳なんだから、身体に良いもの飲まないとだよ」

「種族的なモンってのは分かってるけど、いつまでも若いってのは良いよなあ、ずずず……あ、結構好きな味だわ」

「スタン、昔はこういう苦いのは苦手ではなかったですか?」

「年取ったせいだろうな、最近はこういうのが平気になってきてさぁ……肉は相変わらずめっちゃ食うけどよ」

「確かに、さっきもすっごいおかわりしてたもんね」

「はっはっは、まだまだ元気だぜ。……つーわけで、数年後とかでも良いからまたちゃんと逢いに来てくれよな」

「……ええ、分かりました」


 ラッセルもスタンも歳を取って見た目は変わり、中身もやっぱり少しは変わっている。

 それでも変わらない笑顔と、変わらない優しさがあって、安心する。


「もちろん、私もまだまだ長生きする気ではいますからね。いつでも逢いに来てください」

「ラッセルはしばらくいいかな、聖書チョップ怖いし、今日いっぱい毛ぇ抜いて満足したし」

「リーナ、聖書チョップに関してはされる側が悪い、という自覚は持ってくださいね。あと抜きすぎです、いい加減やめなさい、そこだけ一時的にハゲるでしょうが」


 騒がしく、だけど楽しいお茶の時間はゆっくりと、でも確実に過ぎていく。

 全員がカップを空にして、焚き火の炎が緩やかに弱まっていくのを感じながら、スタンが私に向けて口を開いた。


「ところで、次はどっち行くんだ? 王都からなら、結構どこでもいけるとは思うけど」

「ああ、それは私も気にはなっていましたね。ついていくのは難しいですが、やはり友人の行き先は知っておきたいところです」

「……そういえば、なんにも決めてなかったね。どうしよっか、シア」


 リーナが首を傾げつつ、私の方を見る。

 実は、王都で過ごしているうちに、行きたい方向については考えていた。


「……リーナさえ良ければ、東の方に行きたいと考えています」

「東……ってことは、前の旅じゃ行かなかった方面だな」

「ええ、タカマガハラ……東の国は、魔王の奪った領地とは離れていましたから、前回は通る必要はありませんでしたからね」


 魔王の軍勢のせいでいくつものルートが制限されていたために、かつての旅では遠回りが多かった。

 それでも、私たちが東の国を通ることはなかった。なぜならあの国は、魔王が奪った土地とは完全に逆の方角だったからだ。


「とはいえ、多少は土地勘はあります。魔王が現れるずっと昔は、あの国にしばらく腰を落ち着けていたこともありますからね」

「そういえば、シアが教えてくれた『いただきます』とか『ゆびきり』って、東の国の習慣なんだよね」

「ええ。……私の生き方の基礎は、東で作ったものです」


 千年ほど生きている私が、そのうちの半生を過ごしたのが東の国だ。

 食事前の挨拶をはじめとして、今の私の基本的な生活習慣を学んだ場所でもある。

 足を向けるのは久しぶりなので道などが変わっている可能性が大いにあるけれど、土地勘がまったくない場所ではない。


「ふぅむ……どうして東の方に行こうと思ったんですか、シア?」

「単純に、久しぶりに行きたいというのと……えっと……その」

「なんだ、言いづらいことか?」

「いえ、言いづらいわけではないんですが……ええと、せっかくなら、まだリーナと行ったことない場所にいきたいな、と……」


 魔王を討伐するための旅では、四人で多くの土地を巡った。

 だから知っている場所にいくと、必ず想い出話になってしまう。

 もちろんそれは悪いことではないけれど、今の私が望んでいるのは、リーナと新しい想い出を作ることだった。


 四人で行ったことない場所で、なにかを思い出すのではなく、新しい想い出が欲しい。

 彼女の不安を、少しでもぬぐってあげるためにも。


「ほーう……」

「なるほど……」

「……なんですか、ふたりとも。ニヤニヤして」

「いや、やっぱり満更でもねえんだなぁって思って。な、ラッセル」

「ええ、良いことですね。式場が決まったら教えてくださいね、神父役はできますよ」

「どうしてみんな、式場の話をはじめるんですか……?」


 まだお返事もしてないのに、気が早すぎる。

 あんまり深く考えると顔があったかくなってしまいそうなので、私は意識的に話題を追い出した。


「ええと……リーナは、それでいいですか?」

「もちろん、シアが昔住んでた土地って言うなら、行ってみたいし!」

「……ありがとうございます」


 あっさりと了承されたので、方針は決まった。

 私にとっての想い出の土地ではあるけれど、誰かとふたりで巡るというのははじめてだ。

 気恥ずかしさはありつつも、少しだけ心を躍らせつつ、私はゆっくりと消えていく焚き火を眺めるのだった。

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